Piece9



「やだね。じじいの茶番に付き合ってられっか」
 そこまで言って、エインスはわざとらしく身震いをした。
「ああ茶番なんてマシなもんじゃねえわな。ありゃ人形劇だね」
 ディレゴがエインスを振り返る。エインスはにやりと笑ってみせた。
「観客も操者もいねえ。人間なんかどこにもいやしねえ、人形劇だ。……ドゥレイたちの精神には恐れ入るよ。オレなら一瞬でぶち壊してる。それも機械の特性ってやつかねえ、大先生?」
 ディレゴの顔に一瞬だけ怒りのようなものが過ったが、すぐにそれも消え、ディレゴは「行け」と言うだけだった。
 エインスが望むところの反応ではない。ディレゴの神経を逆なでし、追い込み、爆発を誘ってやったのに、肝心なところで彼は堪える。
──なのに、自分はどうだ。
 エインスは寝台を下り、のんびりとした歩調で広間を突っ切って扉の前に立つ。その間も、どこか助けを求めるような視線を感じたが、振り向くことはしなかった。あのいつも怯えたような目、それがエインスは嫌いだった。見るたびに腹の底をぞわりとした物が這い、どうしようもない居心地の悪さと、それを感じさせるディレゴへの怒りが湧き上がる。
 退室し、両ポケットに手を突っ込んだまま、エインスは長い廊下を歩いた。
 ここも広間と同じく豪奢な造りである。廊下に面してずらりと並ぶ窓からは、呆れるほどのんびりとした陽光が射し込んでいた。
 「食事」に参加するつもりはなかった。行ったところで、エインスらに食べられる物などありはしない。本当に、「食事」は茶番に過ぎなかった。
──自分はどうだ。
 エインスは先刻投げかけた問いを、もう一度繰り返す。
 人は神が自らを模したものだという。ならば、人形は人が自らを模したものなのだろう。
 では自分は、ディレゴが自らを模したものなのだろうか。
 だとしたら、彼の怯えた目も、踏み出して意見を言うことも出来ない臆病さも、それに苛立ちを隠せない己も、全てディレゴのものだというのだろうか──このどうしようもない破壊衝動さえも。
 ドゥレイも、ネウンも同じである。この定説が当てはまるのなら、彼らの中にも「ディレゴ」が存在し、同じく、「エインス」が存在する。
 では、今ここを歩いている自分は何なのだろうか。
 毛足の長い絨毯を心地よいと感じ、長閑に注ぐ陽光を眩しいと思い、建物に充満する薬品臭を不愉快と感じる「エインス」は、果たして本当にエインスという個体と言えるのか。
 他者の認識により、個体は存在を確立されるという。
 エインスはぼんやりと呟いた。
「……どこにいんのかな、あいつら」
 サムナはきっと、何でもないような顔をしてエインスを見つめるだろう。そしてギレイオなら、当たり前のようにエインスを睨み付ける。
 そんな目を、エインスはずっと待っていたのかもしれなかった。


 施術室を出て、ギレイオはどっかと椅子に腰かけた。そしてだらしなく足を投げ出し、ずるずると尻の位置を前へ前へとずらし、背もたれを枕のようにして頭を乗せる。溜め息とも深呼吸とも取れない息を吐き、ようやく気持ちが落ち着いてきたところでちゃんと座り直そうとしていると、興奮冷めやらぬといった体で話し込むワイズマンとロマが施術室から出てきた。

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