Piece9



 まだ、という部分にはありったけの皮肉が込められており、その理由も意味も理解出来るからこそ、ギレイオはなおの事腹立たしかったし、それ以上を言うことは出来なかった。もし子供であったなら、今頃ここを飛び出している。何も言わずに逃げることも意思表示の一つと勘違いしていた頃の、馬鹿げた、そして恥ずかしい行動だ。
 そうしないから、もう子供ではない、と言うのもまた馬鹿げた主張だとは思うが、ギレイオは言葉を足すのをやめ、喉元にまで来ていた罵声を飲み込み、サムナに声をかけて施術室に向かった。
 ワイズマンの言葉に踊らされてはならない。振り回されてはならない。
 その言葉が正しいからこそ、ギレイオが嫌悪する己の悪を、露見させる。
 だが、そう頑なに思う心こそが「まだ子供」なのだということを、ギレイオは知らなかった。



 漆黒の暗闇から抜け出た瞬間、窓で切り取られた青空が見えた。
 それを今まで見たことのない、抜けるような青さだと思ったが、段々と回復していく視力の中で、窓ガラスの曇りだったり、空にぽつぽつと浮かぶ雲だったりを確認する毎に、それが一瞬の幻だったのだと知る。
 望むような空は簡単には手に入らない。まずはあの年季の入った窓を壊さなければ、そして澄んだガラスをはめ込めば、きっとありのままの空を透かし見せてくれる。
 そこまで考えて、エインスは自嘲気味に笑った。
 空を請うて、それでも尚、囲われようとするのは、さすが犬なだけある。
──いや、犬よりも劣る。
 思考があり、感情を言葉にし、表現する方法を知っているからこそ、獣にも劣るのだ。
「……見えるか、エインス」
 ぼんやりと空を見つめていたエインスの視界に、見慣れた顔が入る。いつにも増して頬はこけ、目の下のクマも濃い。眼鏡の下には無精ひげが見え、これが現れた時、ディレゴの疲労は頂点に達していると言っていい。
 エインスは一度、強く瞼を閉じてから再び開き、小さく息を吐いた。
「……良好、良好。左も右もよく見える」
 言いながら体を起こす。
「どれくらい経った」
 人間のように、長い期間眠っていたからといって体に影響が現れるわけではない。感覚としてわかるような体内時計もなく、目が覚めた時の状況把握にはわずかな時間を要する。そのため、他者にそれを委ねるのが一番手っ取り早い方法だった。
「今日で三日。目の前で閃光弾をやられたらしいな。目の機能がほとんどショートしていた」

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