Piece9



 そう言う間に水切り籠には食器が整然と並べられ、水回りを綺麗にした後は、辺りに散乱した書物やメモの類を整理しにかかる。大きさや角を揃え、種類によって分別してまとめる。屋根裏部屋の本棚に入りきらないことは明らかなので、まとめて部屋の隅にでも積んでおくので精一杯だが、足の踏み場もなかった先刻までの状況を鑑みれば、床が見えるだけでも随分と見違えるものだった。
 部屋の高い位置からはたきであちこちの埃を落とし、最後に床を掃き掃除して終わる。本当なら水拭きもしたいところだが、今日は忙しいから、と言ってやめたロマの顔は充足感に満ちていた。
 ギレイオはその間も一切動かず、座った椅子の上に足を上げるなどして、ロマの邪魔にならないよう努めた程度で、手伝うという素振りや気持ちなど微塵も持ち合わせがないことを証明し続けた。
「……お前、白衣よりエプロンが似合うんじゃねえの」
「……解剖だの実験だのしているより、掃除や料理の方が楽しいことは否定しない」
「不憫な奴だなあ……」
 森の中で捕まえたのはまずかっただろうか、と、罪悪感が首をもたげた時、部屋の奥にある施術室の扉が開いた。
 涼しい顔で出てきたのはワイズマンで、ロマの家事の成果などには目もくれず、ギレイオに声をかける。
「準備が出来たので、どうぞ。ロマ君は先に入って用意を」
「はい」
 エプロンを取り、その辺の椅子にかけていた白衣を持って、ロマはワイズマンの横を通り過ぎる。
 それを横目に見ながら、ギレイオは階上に向けて声をあげた。数秒と経たぬうちに階段を下りる足音がし、サムナが姿を見せる。
 ワイズマンは白衣の両ポケットに手を突っ込み、微笑んで迎えた。
「屋根裏部屋の書庫は満足いただけましたか」
 少しだけ考える素振りを見せてから、サムナはワイズマンを見る。
「おそらくは。他にも見てみたいと思うのだから、きっとそうなんだろう」
「他人事のように言いますねえ」
 茶化したように言うワイズマンに対し、サムナは間を置いて答えた。
「おれは自分の事も満足にわからないから、そのようにして評価する他に方法を知らない」
「自らを客観的に評価出来る人間は少ないですよ」
「人間じゃないからこそ、出来ているとも言える」
 ワイズマンはにこりと笑う。
「なるほど。自分のことを見誤ってはいないようですね。どこかの誰かのように」
「……どうせ嫌味を言うなら、もっと嫌味らしく言ってくれませんかねえ、先生」
 頬杖をついたまま言うギレイオをちらりと見、ワイズマンはそのふてくされた顔を支える手を素早く叩いて位置をずらす。すると、完全に不意をつかれたギレイオは不格好に体勢を崩し、机へ顎をしたたかに打ち付けた。
 不意をつかれた分、何の用意も出来ていなかった頭はその重さのまま落ちるものだ。骨を伝って顎の関節にまで響く痛みは、ギレイオの中で瞬間的に反抗心へと変換される。
 弾かれたように立ち上がって言い募ろうとするギレイオに、ワイズマンは冷たい一瞥をくれただけだった。
「本当の事を言われて不満があるなら、言われないようになさい。それも出来ないほど、まだ子供ですか」

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