Piece9



 そこには、お世辞にも綺麗とは言い難い、殴り書きの字でぎっしりと専門用語が書き連ねられ、簡単にではあるが設計図のような絵も描かれている。専門用語の方はサムナにも理解出来ない部分があったが、絵の方はその形からすぐにそれとわかった。
「……ギレイオの目か?」
「左目のな。ここに来た時にはもうあいつは左目をなくしていて、ただ、それ自体はあいつにとっても、こっちにとってもさしたる問題じゃなかった。そもそも先生は医者ではないし、義眼作りの職人でもない。元々は、あいつの魔法をどうにかする目的で、ここに連れてこられたんだ」
「連れて? ゴラティアスか?」
 ロマは目をしばたいた。
「なんだ、もう会ったのか。先生とは犬猿の仲らしいが、それでも技術はお互いに高く買っているみたいでね。それで連れてきたらしい」
 ロマはそこで、少し息を吐いた。
「どういう事情があったかは知らないし、詮索するつもりもない。だから、オレたちはギレイオがここに来るまでに何をしたのか、具体的には知らない。ただ、あいつの魔法だけは十分に興味を引くもので、先生も珍しく二つ返事で了解したのは覚えているよ」
 魔法、と聞いて、サムナはギレイオが激昂した時の状況を思い出す。ただ無差別に、どんな生き物も等しく消し去る力は乱暴としか言い様がなかった。通常の魔法とは大きくかけ離れたものらしい、というのは、ギレイオとの旅すがら学んだことである。
 無論、ギレイオ自身も、自分の魔法は「異常」と言って疎んでいた。あのワイズマンなら、その「異常」も確かに喜んで受け入れることだろう。
「サムナは、ギレイオの魔法がどんなものか知っているか?」
 サムナは日記から顔を上げる。
「ギレイオは蒸発させる力だと」
「ちょっと違う。それはギレイオが思い込みたい内容だ。確かに、発動時はそう見えるからな」
 サムナはロマの言葉を待つ。
 ロマは淡々と続けた。
「ギレイオの魔法は分解する力だ。あらゆる有機物を存在出来なくなるまで分解しつくす。……しかもこれは進行性の病みたいな魔法でね。威力は段々と増して、最終的にはあらゆる有機物、無機物……つまりは生物だろうが機械だろうが関係なく分解出来るようになる、というのが先生の見方だ」
──自分に息というものがあるのなら、「息が止まる」というのはこういうことだろうと、サムナがこの瞬間を理解することが出来たのは、随分後になってからだった。



 山と積まれた薪の一つを手に取り、ギレイオは少しだけ、左目に意識を集中した。貫くような激痛に一瞬目を閉じると、ふっと手が軽くなったのを感じ取る。そして、再び目を開けた次の瞬間には、持っていたはずの薪の姿はどこにもなかった。
 すう、と奥へ引っ込もうとする痛みを追うでもなく、ギレイオは手をはたいて切り株に座る。薪を割るのに台として使っている切り株のようだった。
「……人が貴重な労力を割いて作った薪を、そう易々と消さないでもらえますか」
 ギレイオは盛大に顔をしかめ、背後を振り返る。
「だったら止めてもらえませんかね、大先生」
 玄関に面した小さなテラスの柵にもたれかかり、ワイズマンは笑顔を崩さない。
「自分で律しようとしない力を、他人の僕がどうして世話を焼いてあげないといけないんですか」
 そりゃそうだ、と珍しく意見が一致し、ギレイオはそれ以上は言わず、溜め息をつくだけに留めておいた。

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