Piece9



「駄目だ。これ以上は譲歩しねえぞ。あとはサムナに言え。俺がいいっつっても、結局は当人の承諾なしには出来ない話だからな」
 ワイズマンは渋々といった体でサムナを見、ギレイオを見て嘆息した。
「……まあいいでしょう。いくら本を読んで研究したところで、実地研修に敵うものはありませんからね。サムナ君の件はこれで決着ということにしておきます。……それで? 君の方はなんです。左目ですか?」
 ギレイオは言うのも嫌という風に顔をそらしたが、それでも絞り出すようにして言った。
「最近、封が外れそうになることが多い。実際に外れることは少ないけどな。それがここにきて極端に調子が悪くなった。どうなってんのか診てくれ」
「ツケでしょう。君はやるべきことを怠った。それをほいほいと治してあげるほど、僕もお人よしではありませんよ」
途端に、ワイズマンの口調に冷たいものが混じりだす。
「サムナ君の修理と調査がどれくらいかかるのかもわかりませんし、仕方がないから、終わるまではここに滞在しなさい。君の目を見るのはそれからです。ただし、それまではその目を抱えて己の愚行を反省していなさい。いいですね」
 ギレイオは大きな溜め息と共に、「わかったよ」と答えた。



 よく怒りださなかったな、とロマは階段を上りながらギレイオに向かって言った。からかうでもない、感嘆するでもない、何の感情も籠っていない素直な感想だった。
「……ま、言ってることは間違ってねえしな」
 ログハウスは二階建てになっており、一階がワイズマンの書斎、研究室、居室、台所を兼ね、二階は一階に収まり切らなかった本や資料の置き場兼、ロマの居室となっている。滞在にはそこを使えとのお達しだったが、過去にもそこを使ったことのあるギレイオは嫌な予感しかしなかった。
 資料や本の山の隙間で体を縮めるようにして眠ったのは幼いころの事。成長した今、しかも更に大柄なサムナも入ればむさくるしいことこの上なく、階段をあがれば案の定、といった光景が三人を迎えた。
「……だろーなと思ったよ……」
 屋根裏部屋の体裁を取る二階は半分以上の面積を本棚が占め、その隙間に溢れかえった本が平積みにされ、資料の束は傍目にはゴミとしか見えない様子で一角に固まっている。
 上がってすぐの所にはロマの寝床らしいベッドが置かれているが、彼の私物と言える物はほとんどなかった。
「寝る時は寝袋で我慢してくれ」
「他は?」
「床に直で寝るしかないが、そっちがいいか?」
「野宿よりはマシだな……」
 それにしても、とギレイオはこじんまりとしたロマの私有スペースを見回した。
「相変わらず私物がねえのな」
 ロマは笑いながらベッドに腰掛ける。
「お前、初めて来た時に「自殺の準備でもしてるのか」って真顔で聞いたもんなあ」
 ギレイオが床へ座るのにならって、サムナも座る。
「住んでるって聞いてるのに、この物の少なさはねえだろ。旅してるならともかく」
「まあ、確かに」
 笑って頷きながら、ロマは手近にあった本の山から一つを手に取った。

- 153 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -