Piece8



 次の地点を見つけて移動し、木立ちの向こうには先刻まで遠くにあった学校の壁が見え隠れしている。サムナの視力では古いレンガに苔が生え、蔦が表面を這う様まで見て取れたが、見えたからといって距離が縮まるわけではない。相方は今も探索に心血を注いでいた。
 その時、ギレイオの後ろに座って辺りを眺めていたサムナの頭を、ギレイオの手が唐突に下へ押さえ込む。思わず視線で何事かを問うと、同じようにして姿勢を低くしたギレイオが口元に人差し指を当てていた。
「誰かいる」
 ささやくような小さな声に、長閑な空気で緩んでいた筋肉が一斉に緊張した。サムナが剣の柄に手を伸ばすと、ギレイオがその動きを制するかのように掌をサムナの方に向ける。それから、指で件の人影を示した。
 林立する木の間に見える壁の近くで、小さな人影が背中を低くして立ち上がる。そして辺りを見回し、素早い動作で動く姿はまるでこちらの動きを映したかのようだった。公に出来る目的で動いているわけではなさそうなのは、確かである。
──ということは。
 ギレイオはにやりとした。
「……しめた」
 人影は学校側から現れた。つまり、あちらには、安全なルートがわかっているということである。
 しかも、ギレイオにとってはこれ以上ない好運をまとって、その人物が見えているようだった。
「……知り合いか?」
 サムナが小さい声で問うと、ギレイオは笑みを崩さずに答える。
「これで楽して入れる」
 行くぞ、と言って、人影が動くのに合わせてルートを戻っていく。
 人影はするすると動き、安全な道を探す素振りも見せない。道を知っていることは確実だった。
 林の出口に近づくにつれ、人影の輪郭が露わになっていき、どうもギレイオよりは年長の男のように見える。自分の外見年齢よりは下だろうか、とサムナは見当をつけた。木漏れ日でほのかにわかる表情に浮かぶ焦りが、少々気になるところだった。
 男は林を飛び出ると、来た道を振り返って何かを確かめ、そしてようやく人心地がついたとでもいう風に大きく息を吐いた。その顔には安堵の色が浮かび、手の甲で額の汗を拭ったところで、ギレイオが悠々と林から出ていく。
「何も言わずにばっくれるのはまずいんじゃねえの」
 男は弾かれたようにギレイオを振り返り、その表情が驚愕から困惑、そして怒りへと変化するまでに十秒もかからなかった。後からおっとり顔を出したサムナが全貌を見る頃には、焦りと安堵をかなぐり捨てた顔でギレイオにつかみかかる男の姿があった。
「お前……お前……!」

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