Piece7
サムナは微かに眉をひそめる。
「……生き急いで、早く死ぬことをか」
ゴルは大きく息を吐く。
「まったく、何も変わっとらん……あれから何もだ」
そう呟いて立ち上がると、ゴルはギレイオは投げ捨てた工具を拾い、一人、修理途中の車の前に立った。
サムナは一瞬、ギレイオを追いかけようと思ったが、その足が動かなかった。
暗闇に吸い込まれていくようにして消えていったギレイオの背中は、サムナもよく知るところのものなのに、猛烈な拒絶ばかりが見えて仕方がない。見えない壁がギレイオを覆い、サムナはそれに手を伸ばすことが出来なかった。
どういう言葉を持ち出せばいいのか、どういう仕草で、どういう声音で、どういう表情で、どういう目でギレイオを見ればいいのか──それらの疑問は、データがない、という一言に集約される。
つくづく、自分は機械なのだと思い知らされる瞬間だった。
不平も不満も持ち合わせがないが、不便だとは思う。ギレイオの側にありながら、同じ立ち位置にいることが出来ない。立っているつもりになって、共に戦っているつもりになっているだけだった。つもりばかりで、サムナの中には「真意」というものがない。
あるいは、名前をつければサムナの中にもそういうものはあるのかもしれない。ただサムナ本人が気づかないだけで、そして、真意とは概ね気づかれずに無意識下で育ち、ふとした瞬間に表へ出るものである。
だが、サムナには「意識出来る真意」というものが必要だった。
自分の中に、そういったものがあるという安心感が、必要だった。
一人で戻ってきたサムナに、ヤンケはきょとんとして質問を投げかけた。
「ギレイオさんはいませんでした?」
サムナは数秒考えた後、答える。
「いたが……声をかけることが出来なかった」
「そんなに修理が大変なのかなあ、あれ。いつもなら、ぱっぱと終わらせて寝てそうな感じがしたんですけど」
「……大変なんだろう、きっと」
ここでようやく、ヤンケはサムナが答える所の意味が、自分の質問とは違うことに気付いた。
頭をかき、椅子の上であぐらをかいたヤンケはサムナを見上げる。
「喧嘩でもしました?」
「争ってはいない」
「なら、サムナさんが気にすることはありません。ギレイオさんに何かあったなら、ここと師匠が原因のほとんどですから。一部、自分も噛んでますけど」
そう言ってヤンケは笑う。サムナは無表情でそれを見下ろした後、口を開いた。
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