Piece7



 もう少し調子を見てから動かすべきだった、と悔やんでならない。修理の費用は全て自分持ちである。ゴルが親切心で出す、というおよそファンタジーのような期待は一瞬もめぐらなかった。
 が、無心で機械に向かうこの時間が、どうやら、今の自分には必要だったらしい、とギレイオは段々と静かになっていく心を抱えて思った。
「……壊しとるのか修理しとるのか、はっきりせんか」
 エンジン部分にとりかかっていたギレイオは、振り返らずに答える。
「手伝う気がないなら失せろ、じじい」
「ひやかしに来た」
 そう言うと、ゴルは手近な瓦礫の上に腰掛け、頬杖をつく。
 ようやく振り向いたギレイオの前で、ゴルはポケットボトルに入った酒をあおっていた。
「……ひやかしにも来るんじゃねえよ、邪魔くさい」
「見るだけで邪魔になるほどの腕なら、修理屋を名乗るんじゃないな。誰の前でも一流の腕を見せてこその看板じゃろうが」
「悪いなあ。出し惜しみする性格なんだよ」
「お前の父親は随分、気前よく腕前を見せてくれたがね」
 ギレイオは一瞬だけ、手を止めた。だが、そうと悟られぬよう、すぐに手近なウェスを取って、機械の油を拭く。
「そんなのは知らねえ」
「……それを見て育ったくせに、何をこくか。馬鹿たれ」
 ギレイオは無言で答えた。
 構わずにゴルは続ける。
「いい修理屋じゃった。人が好くて、破格すぎる値段で仕事を引き受けるのが玉にきずじゃったがの」
「……聖人君子かよ」
「まさか。わしに教えを乞うような奴だぞ。本物の聖人君子なら、真っ先にもぐらをたたき出すわい。地下でしか学べんような奴には、それなりの理由があるんじゃろ」
「……どうかな」
 ギレイオの声は暗い。頭は聞こうとするのを拒むが、耳は貪欲に情報を吸収している。
「どうも何もない。お前さんよりは、わしの方が付き合いは長い」
 遠慮のないゴルの言い方に、ギレイオはふっと表情を消した。
 決して、ゴルの言葉に傷ついたわけではない。彼の言うことはもっともであり、しかし、それを改めて突き付けられると、自分には本当に何も残っていないのだと再確認させられたのである。不幸と思ったことはないが、「もしも」という希望を抱かなかったことがないと言えば嘘になる。
 もしも、と何度も考えた。
──もしも、父親が生きていたのなら。
 こうはならなかっただろう、と嘆息と共にいつもの結論を吐き出す。
「……悪ぃな。付き合いが短かったもんで、見習う暇もなかったんだ」
「その師が目の前におるのに、そこから見習うという選択はせんかったな、お前」
 ギレイオは笑った。

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