Piece6



「私にそれがわからないとでも言いたげですね」
「わかるようなら、自らの世界で迷子になりはしない。違うか?」
「これは名誉ある撤退です!」
 胸を張って言うことでもないのだが、ネウンの言い方にはこちらを小馬鹿にしたような雰囲気があった。
 ヤンケが力一杯、そう叫ぶと、ネウンはほんの少し頬を緩める。
 笑ったのだ、と一瞬遅れて感じると共に、ヤンケはどこかで同じような顔を見たことを思いだした。
──あれ?
「撤退とは自らの砦に帰ることが出来てこその言葉だ。道に迷っては撤退とは言わない。遭難とでも言おうか」
「遭難しながらでも思考は出来ます。迷って新しい道を発見して、それが案外近道だということもあるんですよ!」
「それは見つかったか?」
「う」
 ヤンケは言葉に詰まって、勢いを失った。
 ネウンは再び、あの微かすぎる笑いを顔に浮かべ、小さく息を吐いた。
「わたしが使った裏口がある。そこからなら帰れるはずだ」
「……施しのつもりですか?」
「どうかな……施すという概念がわたしにはない。どう思おうが君の勝手だが、現状が長く続くことがどれだけ悪影響を及ぼすのか、君にならわかるだろう」
「それぐらいわかります!」
「なら、そこだ」
 そこ、と指差した先には、それまでなかった扉が現れていた。
 表玄関の真正面の壁に、ネウンが通れるほどの大きさの扉がすました顔で出来上がっている。まるで、それまでもそこにあったかのような自然さだ。正面に立っていたヤンケに気づかれず、不可視化されていた扉を出現させる業は容易なものではない。
「行かないのか?」
 ネウンは道を譲るようにして、側面の壁際に立っている。
「裏口の構造解析を私がするとか考えないんですか?」
 ヤンケはネウンの前にまで進み、睨みつけた。
「出来るはずがないとでも思ってるんですか」
「──……もし出来たなら」
 ネウンは静かな調子で呟く。
「……いつかまた、わたしと議論しよう」
 ヤンケはにっと笑ってネウンを指差す。

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