Piece6



 いくら迷子になったとはいえ、仮想空間が維持されている以上、ここはヤンケの意識が作り出したものだ。そこに他者の意識があるということがおかしいわけで、ヤンケ自身にもう一つの意識の自覚がないのであれば、目の前にいる人物の正体は誰か、という疑問につきる。得体の知れない弱みは放置しておきたくはなかった。
 男はしばらくヤンケを見つめた後、中空を見上げて「そうだな」と言った。
「……君の主張の方が正しそうだ。ここは君の場所のようだから」
「……はあ」
「わたしはネウンという」
 名前を聞いたところでぴんと来るものはない。
 無意識下の意識とやらがあるとすれば、こういう気持ちになるのだろうか、とヤンケはもやもやする思いを抱き始めていた。
 ほとんど、初対面の人間に接するようなものである。
 しばらく男を見つめ、中空を睨み、足元へ視線を落として考えを練り上げようと試みたが、どう頑張っても答えは「わからない」の一言に尽きた。
 何らかの影響でヤンケの記憶が作り出した幻像にしても、元になる記憶がある以上、ひっかかるものを覚えてもいいはずだ。しかし、ネウンという珍しい名前を聞いても、姿を見ても、何らひっかかるものはなく、聞いた言葉も見た姿もすとんとヤンケを通り抜けて落ちていく。
 さしあたって、自分がやるべきことはただ一つのようだ、とヤンケは顔を上げた。
「私はヤンケっていいます。……初めまして」
 自己紹介は済ませておくべきだろう、というのがヤンケの判断だった。
 そして次はどうするべきか、という新たな課題に頭を悩ませていると、ネウンが静かな調子で言った。
「安心していい。わたしは君ではない」
 ヤンケは弾かれたように顔を上げたが、数秒、黙した後に応えた。
「……それはそれで怖いんですが」
 つまりは、完全に他者の意識であるということだった。
 ネウンはしばらく足元に視線を落とした後、ヤンケの方を見る。言葉を選んでいるようだった。
「ここは君が作った場所だろう」
「……はあ」
「わたしはその中に落とされた水滴のような物だと思ってくれればいい。君に何かをすることは出来ないし、この場所に影響を与えることも出来ない。逆に、わたしにも君が影響を与えることは不可能だ」
「……でも話せてますよね?」
 ヤンケは扉をそっと押して、家へ足を踏み入れた。
「互いに影響を及ぼせないのなら、知覚することも出来ないんじゃないですか?」
「そのようなもの、と思うだけでいい。わたしの存在が生々しいのは、それだけでは説明出来ない部分があるからだ」
 ヤンケはその言い方に、いくらかむっとして返す。

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