Piece6



「侵入者に気付かれずに、侵入者側のプログラムを丸ごと書き換えちゃうなんてなあ。どんな人が作った防御壁なんだろ。それともウイルスかな。ここにいたんじゃ会えないよねえ」
 暢気に愚痴ってみせるが、半ば本気の言葉でもある。ヤンケが知る限り、そしてヤンケの過信ではないが、彼女を凌ぐほどのハッカーには今まで会ったことがないし、そんなヤンケを退けるほどのプログラムにも出会ったことはない。要する時間の長短はあれど、突破出来なかった壁はなかった。
 それが、ここへ来て初めての失態である。悔しさ半分、興味半分といった体で、ヤンケは現況を作り出したプログラムに思いを馳せたが、それが打開策になるわけではなかった。
 もう一度、溜息をつき、有効な打開策を考え直そうとした時、ヤンケは家の窓の向こうで人影が動くのを目の端に捉えた。
「……ふへ?」
 あの窓は、窓であって窓ではない。外観のみに存在する窓である。だから、窓の向こうに何が映ろうと、それが内部の状況である保証はないわけだが、では、外観のみに存在する窓に映ったそれは一体、何であるかという話になる。
 いよいよホラーめいてきた状況にヤンケは一瞬だけ臆したが、これまで変化の見られなかった風景にようやく訪れた変化である。しかも、それはヤンケの意図しない変化だ。外からの影響による可能性が高い。
 今のヤンケがここから脱する唯一の方法が、外部からの接触である。
 恐る恐る家に近づき、ヤンケはもう一度扉を開けて、その隙間から顔を覗かせた。
 すると、白を基調とした服に身を包んだ若い男が、ヤンケを振り向くのが見えた。
「……どちらさまですか?」
 驚きのあまり、間の抜けた問いかけをしてしまう。だが、間抜けな質問は真実、ヤンケの驚愕を表していた。
 ここはヤンケの作り出した仮想空間であり、そこに他人の意識が存在するなどあり得ない。あってはならないことだった。
 そして、他人の意識である、とわかるほどに、男の存在は生々しかった。
 短く切った黒髪の下にある双眸は、その若さに似つかわしくない思慮深さをたたえている。薄い茶色の瞳がヤンケをとらえると、男はその大きな体をこちらに向けた。筋肉質の体つきは威圧感に満ちていたが、不思議と、男から感じられるものは恐怖ではなく、穏やかな空気だった。
「君こそ、誰なんだ」
 低い声で問い質され、ヤンケは一瞬、息を飲みこんだ。それから逡巡した後、挙手するようにして手を掲げて答える。
「いえ、あの、多分、それは私が聞くべきものだと思うのですが」
 状況は異常だが、ヤンケの主張は正当なものである。

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