Piece6



 楽園機構のデータをハッキングするべく、ネット空間に躍り出たヤンケは、さぞ立派な豪邸で凄まじい警備システムを有する巨大な島だろうと期待に胸を膨らませていた。やはり挑戦するのなら、やりがいのある相手がいい。
 そう思って島を跳躍しながら渡り歩いていたのだが、辿り着いた先は予想に反したものだった。
 豪邸はおろか、民家と言うにも憚りのある小屋で、こぢんまりとした島にみすぼらしい木造の小屋が一軒あるばかりである。もちろん、警備システムなどというものは影も形もない。番犬の一匹でもいるだろう、と恐る恐る降り立ってみても、しん、とした静寂が迎えるばかりだった。
 拍子抜けしたヤンケは、見せかけばかりの外れを引いたか、と落胆を隠しきれなかったものの、開けてびっくり、という一発逆転を狙って扉に手をかけた。
 しかし、軽い手応えで開いた先には何もなく、外れというよりもダミーを掴まされた方の可能性を疑った時、ヤンケは小屋の隅に投げ捨てられた分厚い本を見つけた。
 既に警戒心というものも失せていたヤンケは大股でその本に近づいて、取り上げる。途端、本に積もっていた埃の山が流れ落ち、辺りに盛大にまき散らして埃の幕を作り出した。ヤンケは咳き込みながら手であおぎ、埃の幕を散らす。まるで何年もそこにあったかのような埃に、ヤンケはおや、と思った。
 建物の中にあった、ということはこの本もデータだが、何故これほどまでに古びた佇まいであるのだろうか。無論、データの新旧は仮想空間においても示されるが、それは大体、物の配置だとか順列だとか、そういったもので示されるものだった。データそのものに如実な時間の形を与えたことは、これまで一度としてない。
 しばし考え込んだヤンケだが、それも楽園機構という特殊な場所柄だろう、と納得させる。とにかく、本の中身が気になって仕方なかった。
 表紙に残る薄い埃を払うと、濃い緑色の装丁が姿を現した。装丁には埃ほどの時間は感じられず、むしろ、埃を払うことによって段々と時間を取り戻していくようでもある。同じように輝きを取り戻していく表紙の題字は金色で書かれており、どうやらこれは本ではなく、日記のようだった。
 本当に個人の日記データだったら嫌だな、と一瞬、鬱々とした気分にもなりかけたが、ヤンケは思い直して表紙をめくった。
 中表紙を更にめくり、いよいよ日記本文へと辿り着くが、薄黄色の紙には流麗な文字がびっしりと書かれていた。日付も天気もありはしない、愚痴も今日あったこともどこにもない、ただただ文字だけが書かれている。
 これは日記ではない、と思った瞬間、ヤンケの脳内に警鐘が鳴り響いた。ハッカーとしての本能が逃げよ、と告げている。しかし、日記を持ったヤンケの目は文字に吸い付いたように離れず、逃げよ、という言葉と、何かを掴まなければ、という焦燥感がヤンケの中で争っていた。その間も手はページをめくることを止めず、日記ではない文字の羅列をどんどん読み込んでいく。

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