空への足音

11月22日 昼(2)


 キーシャの声に被さるようにして、ウズの叫び声が響く。小さな体に反して大きな声に一瞬、その場の空気が凍りついた。無論、それは先日の出来事に起因する。
 マナヤは再び溜め息をつくと、ラナを振り返ってスイの消えた方向へ顎をしゃくった。了解したラナは頷き、小走りで駆けてゆく。
「……あのなあ、ウズ」
「マナヤまでぼくを馬鹿にするのか!?」
「しないよ。話したいから手当させてくれ。いいか?」
「マナヤは嫌だ。セレナかキーシャがいい」
「うん。そうだよな」
 言いながら、興奮状態のウズをマナヤは慎重に扱った。感情の起伏が激しく、一度興奮すると自制の効かない性分ではあるが、ウズの根は優しい。ただし、いくらか我儘なきらいがあり、それを抑制する術を身につけたいと常々自分でも言ってはいたが、なかなか実行には至らなかった。
 そうして、先日の事故である。
 マナヤは扉の全開した格納庫を見つめた。暗がりに見えるのは、昨日の昼にどうにか修理を終わらせた飛行機である。本当はもっと前に完成とテスト飛行を終え、順調に本番へ向かうはずだったのが、ウズが勝手に飛行機を動かして半壊させたのが一週間前のこと。
 以前からパイロットをやりたいとずっと言ってはいたのだが、その役はウズが彼らの仲間入りをするよりも前にラナに決まっていた。適材適所、ウズにパイロットは向かない、というのは彼自身もよく知っている。だから一旦は諦めたのだが、眠っていた埋み火に風を送った存在がいた。
──セレナのためか。
 扉の横で、申し訳なさそうに佇む女性がいる。作り物の太陽を見事に反射して輝く金色の髪と、今にも消えてしまいそうな儚さをまとった立ち姿は、ウズでなくとも彼女のためにと思う男は多いはずだ。
「持ってきた……けど?」
 格納庫の奥から救急箱を抱え、フロエが戻ってくる。そして誰が手当をするのか、と疑問を込めて三人を見回し、小さく息をついた。
「セレナ」
 言って、救急箱を渡す。セレナは驚き、救急箱とフロエを交互に見た。そしてかぶりを振る。
「わたし、できません」
「何言ってんの。これ、セレナの仕事だよ。やり方わからないなら教えるから」
「でも」
「教えてもらうなら、キーシャにしとけ。そいつにわかるのは機械のことだけだから」
「おい」
 凄みを効かせて低い声を出すフロエをよそに、マナヤは立ってセレナに場所を譲る。キーシャが手招きをすると、セレナはおずおずと進み出て彼女の隣におさまった。そして救急箱の中身の説明から始まる。お気に入りのセレナとキーシャに囲まれて、ウズも落ち着きを取り戻してきたようだった。

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