旅路




 小さな戦争があった。流された血や焼き払われた集落の数から言えば小さくもないが、一方的に攻撃を仕掛けた側からすれば些細な戦争だったことは明らかである。向こう側の被害は圧倒的に少なく、彼我の差は天地ほどにも離れていた。
 諍いの理由はおおむね理不尽なことが多いが、この戦争も先例に漏れず同じ轍を丁寧に踏んでいた。
 彼らの所有する武器を買わないからと、それが戦争の理由らしかった。
 「らしい」というのもカーラムはその時まだ幼く、大人たちの話の蚊帳の外にいたからである。実際の話として聞いたのは戦争が終わった時、誰も彼もが多くのものを失くし、空っぽになった自らに何か詰めるものがないかと入れた知識だった。
 父母、祖父母の代わりに置いてみた礎は多くの火種を内にひそめていた。
 だが、もはやカーラムにそれを燃やす気力は残されていなかった。同じように火種を自ら取り込んで怒りに変えていった人々を何人も見たが、触発されることはなかった。誰も彼もがカーラムの前を通り過ぎていくだけで、二度と帰ってはこなかった。
 叔父との暮らしはそれからになる。話を聞いた叔父がカーラムを迎え、共に暮らすようになって三年が経った。
 周囲は旅を促した。本当に行きたいのかと叔父に問われ、カーラムが行きたいと告げた時、叔父は「わかった」と深く頷いてくれた。
 正直なところ、カーラムは何故、周りがあんなにもこの旅を勧めたのかがわからないでいた。ただ、周囲の人々の真剣そうな表情や、叔父の「行きたいのか」という質問に、何故か自分は応えなければならないような気がしたのである。日頃の恩を返したい、という気持ちに似てはいるが、どうにも種類が違う気がして未だによくわからない。
 だから、どうしても行きたい、という強い衝動はなかった。ただ言われたままについていく。とりあえず手足は動くし頭も働くのだから。
 昼を過ぎ、夕暮れへ空が手を伸ばそうという頃、不意にぽつりと手を打つものが落ちてきた。
「天気雨か」
 雲はない。だが、夕空から落とされた雨粒は段々とその大きさを増し、地面を色濃く染めていった。慌てて二人は外套を羽織り、目深に被ったフードから空を窺う。
「急ぐぞ。足下に注意しろ」
 山の天気は変わりやすい。それが悪化の道を辿る羽目になると、それこそ急転直下の変化を見せる。こんな逃げ道のない場所で悪天候に見舞われでもしたら、遭難の二文字もにわかに現実味を帯びるというものだ。
 叔父は長年の勘から、この雨がすぐには止まないことを察知していた。いくら太陽が見えていても、雨雲はどこからともなくやってきて天災の両腕を存分に振り回す。自然とはそういうものだった。人知の及ぶところではなく、警戒しすぎて悪いことはない。

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