八月三十一日の帰還者たち

(8)


「大したことは書いてません。進出計画の流れとか、何をしてくるのかとか、どういう人が選ばれたのかとか。そんなくらいです」
 だから、と続けた声は真夏を忘れさせる冷たさを伴っていた。
「逆にこっちが聞きたいくらいなんですけど……どうして、先遣隊の人たちは時々、地球に帰ってくるんですか? 宇宙を調べたいならずっと宇宙にいればいいのに」
 女生徒が未成年でなければ、あるいは生徒でなければ、航はすうっと背筋を走った冷たい血の勢いに任せて、何事かを口走ったかもしれない。
 年相応に身についた理性がそれを制御するのに時間はかからなかったが、とりこぼした感情が穂乃花の顔を窺わせる。
 姉は笑って、理由を説明しているところだった。



 先遣隊と帰還者は同義である。その行為と彼らのいる場所によって呼び名が変わるだけで、先遣隊については説明もいらない。一方、帰還者についてはその重要度の低さから情報過少の面があることも否めなかった。
 なぜ彼らは「帰ってくる」のか。
「……そういや、あんたはそういうの聞かなかったよね。なんで?」
 学校での手続きを終えて両親の待つ実家へ赴く道すがら、助手席に座った穂乃花は窓に頭を預けながら問うた。外には夕闇が迫っており、無機質な建物群は茜色の空を反射して物寂しい顔を向ける。徹底した機械化、コンピューター化させた世界の中で、あまりにも命の気配がしないのは侘しいとばかりに、緑化運動が高まった結果の街路樹が濃い影を落とす。学校から見える風景の緑は全て街路樹が作りだしたものだった。
 航は車を自動運転に切り替え、腕組みをして穂乃花を見た。
「聞いてほしかったんなら聞いたけど。姉ちゃんは特に言わなかったから、そういうの」
「お父さんもお母さんもそう?」
「公式発表されてる内容じゃ駄目なの?」
 公には、帰還者の目的は事務手続きとある。穂乃花ら学生たちが学校へ課題を提出するように、自ら行わなければならないような事務処理を済ませるためだった。便利になったとは言え、役所や病院など、人が国に属して生きる以上必要な仕事は変わらず、本人の証明が必要な物はやはり本人自ら行うことが一番の証明になるのだった。
 穂乃花は航の方を見ず、数秒黙した後、流れゆく風景を眺めながら言った。
「少しでも多く、地球との時間を私たちに持たせるためなんだって」
 航はちらりと姉を見た。しかし、穂乃花の顔は外を向くばかりで表情が窺えない。
「段々、宇宙にいる期間が長くなってるでしょ。私たち」
 ようやく穂乃花は航の方を向く。
「外宇宙を調査するのが目的だから、地球からどんどん離れていくんだよね。ワープを繰り返したところで時間がかかるのは避けられないし、行きでそれなら帰りもそうなるでしょ? ……いつかはびっくりするくらい未来の地球に帰ることになるかもしれないから、覚悟はしとけって船長が言ってた」
 沈黙が車内を支配する。
 穂乃花は小さく笑った。
「だから、出来るだけ地球との時間を私たちに持たせるんだって。私たちの思い出作りもあるけど、いざという時のアーカイブを作るためっていうのもあるみたい」
「……いざという時って何だよ。物騒なこと言うんだな」
「ないとも言えないじゃない。あんた、今、光ってる北極星がいったいいつのものだと思ってるの?」
 夜空に浮かぶ一つの星が、地球へ光を届けるまでにかかる時間は果てしない。それこそ人間の歩みなどちっぽけに思えるほどの時間をかけて、彼らはか細く光り輝く。
 航は静かに唾を飲み込んだ。
「……いつかはそれくらい帰れなくなるってこと?」
「いつかはね」
 穂乃花は何かを含んだように笑い、前かがみになって頬杖をついた姿勢で航を見上げた。

- 45 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -