八月三十一日の帰還者たち

(7)


 彼女らが近くに来たところで、航はようやく自分が教科を担当しているクラスの生徒だと気づいた。いつもならすぐに気づくものを、穂乃花のせいで調子が狂う。
「そうだよ。宿題終わったか?」
「これから終わらせるんだってー。先生、暇なら教えてよ」
 生徒の声に微かな期待がこもる。それが教えてもらえることへの期待ではないことは明らかで、目立たぬように立っていた穂乃花はそのあからさまな変化と、彼女にそうさせる弟の魅力について再考する羽目となった。
 すると、もう一方の生徒の目が穂乃花をとらえ、好奇心に満ちた質問を航へと向ける。
「先生、先生、転校生?」
 彼女が尋ねると、航は思い出したように「ああ」と声をあげた。実際、そこまで穂乃花は気配を上手く消していた。
「違うよ。君らの先輩」
「どういうこと?」
 航へのアプローチが失敗した女生徒は面白くなさそうに穂乃花を認め、それからまだ意味のわかっていない友人へ教えてやった。
「ほら、今日三十一日でしょ」
「……ああ、そっか……。ええと、お帰りなさい?」
 疑問形を交えながら穂乃花へ言う。航は思わず聞き返した。
「なんだそれは」
「だって、変な感じで……わたしたち、教科書とかテレビでしか知らないし」
 それもそうか、と航は小さく息を吐いた。
 穂乃花たち先遣隊の情報は公にされるものではない。いくら便利になりすぎてやることがなくなったとは言え、暇つぶしよろしく情報を全て出せるほど暢気にはなれなかったということである。成功もあれば失敗もあり、未踏の外宇宙での失敗とは命の危険へ直結する。穂乃花自身は口にしないが、帰還の度に年齢にそぐわない顔へと変化していくのを目にすると、それなりに凄惨な光景を目の当たりにしてきているようだった。
 無論、失敗だけが先遣隊の成果ではなく、成功もある。それはうまく編集されて、女生徒の言うような教科書やテレビへと供給されるわけだが、文字や映像でまとめられたそれに現実感を持つことの方が難しい。ましてや、そこに自分たちと同年の少女が時間を超えて存在しているなど、空想の物語の方がまだ信じられるというものだろう。
 すると、穂乃花は一歩、航の影から出て、人当りのいい顔を女生徒たちに向けた。
「……びっくりさせてごめんなさい。こちらもあまり表には出ないし、だからどうしたらいいのかわからなくって。ちなみに教科書ではどんな風に書かれているんですか?」
 しかし口にする言葉は大人びており、セーラー服と相まってちぐはぐな印象を人に与える。
 実際、疑問形の「お帰り」を口にした少女はたじろぎ、助けを求めるように友人へ視線を投げかけた。一方の友人はその視線をまともに受け止め、どこか挑むような口調で穂乃花に答える。

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