八月三十一日の帰還者たち

(6)


 車はまず、学校へ向かう。帰還者たちの大半は穂乃花のように学生の身分で宇宙へ赴いたため、その籍は卒業を果たすまでなくならない。更に律儀なことに、授業を受けられない分、補修や課題で単位を取れるようにとの措置がとられており、これらは帰還者たちが声を大きくして言いたい「大きなお世話」であった。
「……だって宇宙工学とか、物理とか出来るし」
 むくれ顔で航の後に続き、穂乃花は廊下を歩く。こうして並べばよくある学校の風景だが、二人の微妙な関係が日常を遠ざけた。
 そうして遠ざけた日常を無理矢理引き寄せるように、蝉が喧しく鳴いている。
「出来ていても修了証がなければ意味がないだろ」
「うわ、出た先生発言」
「俺、先生だし」
「女子高生かわいい?」
「学校で誤解を招くような言い方やめてくれる……?」
「あーそうだよねー小鳥遊せんせい。なに、自分のこと「私」とか言っちゃって」
 穂乃花は学校に着いて早々出会った教師と弟のやり取りを思い出して笑った。
「俺もう三十五になるんだけど。社会人が職場で俺とかないでしょ、普通」
 航が肩越しに振り返って言うと、穂乃花は一瞬、言葉を失ったように見えたが、すぐに笑って「そうだよね」と返した。
「でも、私の方が頭いいよ」
 見たことのない姉の表情に微かな翳りを見た航だったが、次に飛び出たこの発言によって不安は吹き消される。
 実際、姉は頭がいい。だから、高校在学中にも関わらず、先遣隊メンバーに選ばれた。その内実は教師を務める航よりも頭脳明晰であり、高校での課程など戯れのようなものに違いない。彼女がむくれるのも仕方のないことだが規定は規定で、課題をこなさなければ、いくら頭脳明晰でも高卒資格を取れない。穂乃花らに言わせれば腹が立つほど律儀な規定であり、変化を見込むのは絶望的と言ってもいい。大人たちが頭の良すぎる子供たちに枷をはめるため、などという呆れた陰謀論もあるが、当の本人たちは課題さえ少なければどうでもいいというような風潮だった。ここはやはり学生らしい感覚と言え、航も思わず教師らしく窘めてみる。
「めんどくさがって課題忘れて留年しても、俺知らないよ」
「だから、あんたには感謝してるんじゃない。お姉ちゃんはあんたがこんなに立派になってくれて嬉しいわー」
「心がこもってねえ」
 二人して軽口をたたき合っていると、廊下の向こうから二人の女生徒が話しながら歩いてきた。途端に穂乃花は口を噤んで航の影に徹し、姉の変化に航が驚いていると、航の存在に気づいた女生徒たちは手を振って声をかける。
「先生、まだ学校?」
 女生徒は人懐っこい笑顔を向けた。今日は登校日であり、大半の生徒は午前中で帰宅する。しかし、中にはせっかく友人と会えたのだからと、頼みの友人を中心に居残り、宿題を終わらせようとする生徒もいた。彼女らもそのクチだろう。
 ちなみに、教師である航も出なければならないのだが、帰還者の家族という事で特別に休暇が認められていた。

- 43 -

[*前] | [次#]

[しおりを挟む]
[表紙へ]




0.お品書きへ
9.サイトトップへ

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -