八月三十一日の帰還者たち

(5)


「航なの?」
「……なんだよそのかっこ」
 眼鏡の奥の目を歪める航には、明らかな羞恥があった。
「何よ?」
 穂乃花は腰に手を当てて仁王立ちになった。
 片や、少し崩し気味にスーツを着こなす青年、片や、既に時代遅れの感が否めないセーラー服に身を包んだ少女。どちらが悪目立ちするかなど、言うまでもない。
 航は今すぐにでも姉から離れたかったが、久しぶりに再会した肉親という義理が彼の足を縛る。それをして、穂乃花はよく航を「小心者」と笑ったものだった。
 航は嫌々、穂乃花が着るセーラー服を指さした。
「その服……もう化石だよ、化石。なにそれ、資料館で展示になるつもり?」
「学生と言ったらこれでしょ。うちのクルーの間で、もんのすごい昔のドラマが流行ってて、その中であったんだよね、これ。で、かわいいから」
「香澄さんに作ってもらったんでしょう」
「私だって作ったわよ」
「どうせやろうとして失敗したんだろ」
 的確に事実を告げると、穂乃花も押し黙る。家庭科だけは彼女の苦手とするところだった。
 航はこれ以上、姉の服装の趣味について言い募っても無駄だと悟り、穂乃花が引きずるキャリーケースを見た。
「荷物、それだけ?」
「お土産ほしかった?」
「いつまでも子供じゃないよ」
 貸して、と言って航はキャリーケースの持ち手を取る。予想していたよりも軽く、明日には帰ってしまうのだからこんなものか、と思う。地球における穂乃花の「持ち物」はおそろしく少ないのだと実感せざるを得なかった。
 空港の駐車場に向かう道すがら、穂乃花はにこにことしながら弟を見つめていた。勿論、そんな姉の視線に気づかないわけがなく、航は怪訝そうな目を向ける。
「気持ち悪いんだけど」
「背伸びた?」
「もう成長期終わったよ……」
 穂乃花が航の横に並ぶと、その背は肩よりも下にあった。
 穂乃花が宇宙へ旅立った時、二人の身長は横並びだったが、年を追うごとに航の方が雨後の筍よろしく背を伸ばしていった。ただ、さすがに三十過ぎてまで成長期を体験したくはないというのが本音であり、実際、体も縦から横への成長に切り替えている。
「大きくなったように見えたんだけどなあ」
「それ、田舎のばあちゃんの言い方だから」
「まあ、久しぶりだもんね」
 久しぶり、と言った言葉にどれだけの時間が横たわっているのか、二人はその重さを感じないわけではなかった。
 駐車場に停めていた航の軽自動車を目にすると、穂乃花は笑った。「航らしい」と言って、青く丸いフォルムが特徴的なそれを一目で気に入ったようだった。

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