八月三十一日の帰還者たち

(3)


 それじゃあ、と言って吉川は辞去を告げ、航はそれを見送ってから反対方向へと歩き始める。
 八月三十一日。明日は学生にとっては夏休みの終わり、あるいは宿題に追い込みをかける最後の日かもしれない。
 その日に彼らは帰ってくる。
 姉が、宇宙から帰ってくる日だった。



 宇宙派の人類進出計画のため地球を遠く離れ、無重力と無気圧の世界に飛び出した知識の結晶。人類の先遣隊として選ばれた彼らは、当時若かった。最年少で高校生、最年長でも三十代であり、船長その他技術スタッフなどの少数はベテランが採用されたものの、平均すれば二十代半ばというのは驚異的な若さと言える。
 何故なら、彼らは遠く離れる必要があった。計画が立案された当時は既に地球周辺宙域において、人々の移住が始まりつつあり、興味が外宇宙へと向かった事はごく自然の流れだったのである。
 遠く地球を離れても、柔軟に対応出来る感性及び適応能力に富むのは若年層であるとし、加えて「離れる」という現実そのものが搭乗者たちの年齢に枷をはめた。
 星の光が地球に届くまで距離に応じて時間がかかるように、宇宙へと行く彼らにも同じ時間がかかる。勿論、おっとり進んでいては果てしないので、開発したてのワープ航法を使っての長距離航行となったが、それが宇宙と地球の時間の断崖を更に深くした。空間を飛び越えるということは、同じだけの時間を飛び越えることと同義である。
 その結果の平均年齢の低さだった。
 地球へ戻ってきた時、知人全てが死に絶えた未来の中に放り出されても生きていけるようにとの配慮からである。
「……いらない配慮だよねー」
 肩でざんばらに跳ねる黒髪の毛先をいじりながら、ぶっきらぼうな声が言う。隣に座した眼鏡をかけた少女は、見た目通りにかわいらしい声で窘めた。
「そう言わない。学生のわたしたちを思ってのことでしょ」
 どうかなあ、といじっていた髪を離し、穂乃花は窓に頭を預ける。
 小さな窓の向こうには漆黒の闇がのっぺりとした顔を向け、見る者の方向感覚を失うのに充分だった。視線を向けた先で淡く輝く青い星の存在がなければ、今、彼女たちが乗っている船にしても、あまりにも静かな動作のためにどこへ向かっているのかわからなくなっていたかもしれない。
 定員二十名のシャトル船の白を基調とした清潔感のある内装は、少ない照明でも明るさを保ち、窓の外に広がる宇宙の闇に飲み込まれないようにと守ってくれる。だが、長い時間を宇宙の中で過ごした彼ら先遣隊にとっては、その白さの方が非日常であり、守られているというよりも、日常から隔絶されているという感覚の方が近かった。

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