れんげ草




 だから、余計に気付くべきだった。久々に遊べるなと二人で笑いあった笑顔や、勇人を見た時の佐野の表情の変化に。
 どうやら無視されているらしい、と気付いたのはいつだったか。それでも、勇人はあまり気に留めていなかった。友人同士の不和でそうなったのかもしれないし、佐野はかなり頑固な性格である。それが友人を少なくさせているとは佐野自身も自覚していたことだから、勇人が何かを言うべきではない。迫りくる小テストを前に、それだけのことと思って流していた。
 それがいつだったか、明らかな悪意を持った言葉の中に佐野の名前が出た時、勇人は思わず聞き返してしまった。理由を聞いても理解しかねる内容で、だが、それがクラスの中では常識としてまかり通り、佐野の無視に繋がっているのだと初めて肌で感じた。
 その後、大丈夫か、と佐野に聞いたことがある。今度遊びに来い、とも言った。佐野は嬉しそうに笑ったが、どう答えたのかは今も思い出せない。
 だが、佐野は勇人には知られたくなかったのだと思う。自分が対人関係に不自由していること、無視されていること、そのことを友人である勇人に知られることが、心底恥ずかしかった。
 だから、誰にも相談しようがなかった、というのは洋子の表現である。
 存在を否定されている人間が、誰に相談出来るというのだろう。クラスの中で幽霊のような扱いをされている人間が。
 その頃の佐野の変化は目に見えて明らかだった。顔は段々とやつれ、学校では一度も声を発さない。出すような声も残っていなかったのかもしれなかった。
 勇人は、以前、佐野が見せた笑顔に縋っていた。笑っていたから大丈夫。今もこうして学校に来ているのだから、きっと大丈夫なんだろう。時折、佐野の視線を感じて振り返ると、向こうも笑ってくれる。だから、大丈夫。
──自分はどうしようもない馬鹿だった。
 佐野は学校に来なくなった。体調が悪いと担任が説明したが、嘘だという確信があった。しかし、それでも勇人は佐野に電話する勇気が持てなかった。友人の視線の意味を知りながらも、それに応えるだけの度量が勇人にはなく、友人を見返らなかった自分が今更何を言っても佐野には届かないと思えば、勇気は削られていく。振り返って笑顔を見せた後の佐野は、きっとひどく傷ついた顔をしていたに違いなかった。
 そして今から丁度一ヶ月前のことだった。佐野が自宅で自殺未遂をし、入院することになったと、朝のホームルームで担任が話したのは。
 あの時、クラスの全員の顔が真っ白になったことを勇人は覚えている。まるで紙のように蒼白になり、それでも取り乱さなかったのは、あくまでその原因が自分ではないという自己保身のための思い込みによるのだろう。

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