れんげ草




 洋子は釈然としない表情を浮かべ、寄りかかる体勢から机の上に腰掛けた。勇人のように逃げることなく、話を聞くつもりなのだろう。だから、佐野の名前もあっさりと話題に上らせた。もしかしたら、そうして勇人の反応を見てみたかったのかもしれないが。
 佐野が学校に来なくなってから一ヶ月、佐野の名前は二人の間でも、そしてクラスの中でも禁句となっていた。
 洋子は勇人の顔を見た後、少し視線を落とした。
「もう一ヶ月経つんだっけ。早いね」
 春はあっという間に過ぎる。意識しなければ、すぐに夏を迎えてしまうほどに。そうして、春が終わったことに気付くのだ。
「佐野とは全然、話してないの?」
「……ないね」
「そう」
 春は進級と同時にクラス替えが行われ、新しいクラス内での自分の位置を確保するために各々忙しい思いをする。もっとも、それは殺伐とした雰囲気を伴って行われるものではない。これまで仲の良かった友人と組んだり、親しい友人を通じて新しい友人と出会うなどして、クラスには小さなグループがいくつも出来上がる。そのグループに難なく入ることが出来れば、この先一年、安心して過ごせるのだ。勇人にも洋子にもそれは難しいことではなかった。だが、佐野には本当に難しいことだったことを、二人は後になって知った。
 学校のクラスというものは、それだけで一つの社会を形成する。それは大人が思うほど易くはないことを、グループに入れた者も、入れなかった者もよく知っていた。表面上は和やかでも、皮の下では常に誰かの攻撃を恐れている。その「誰か」に組していれば安全で、だからこそ、小さな社会には攻撃されるべき「敵」が必要だった。
 それが、佐野だった。佐野は進級してからずっと、クラスの全員にその存在を無視され続けていた。
 何が発端だったのかは知らない。クラスの主要人物的な生徒と喧嘩したなど──本当に些細な理由だったと思う。とにかく、勇人と洋子の知らないところで、佐野を「敵」とした攻撃はささやかに始まり、進行し、そして結末を迎えた。
 勇人は佐野と仲が良かった。中学の頃は同じ部活に入っていた所為もあって、よく一緒に遊んでもいた。高校に入ってからは、それぞれの付き合いもあって一緒に遊ぶようなことはなくなったが、時折、廊下などですれ違っては話すこともあった。

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