いつまでも




 名彦は少し黙った後に答えた。
「先ほど、白木蓮は口を利くのもままならない、と言いました。あれほどの花を咲かせる生命力があるのなら、それはあり得ないことです」
「……無口、ということは」
 おそるおそるといった風に勇が言う。不審を抱いて聞いていた名彦の告白を、彼なりに理解してくれたらしい。それが彼の常識に馴染むにはまだ時間が足りず、こんな言葉を言う自分をいくらか恥ずかしく思っているようでもあった。
 名彦は、頬を緩める。
「そういうものもあります。ですが、彼らの多くは誰かと話したがっています。人と同じように。だから、完全に口をつぐむということはよっぽどのことがない限り、ありません」
 二人は黙って、名彦の言葉を待った。
「つまり、白木蓮には口も利けなくなるほどの「よっぽどのこと」があった。……あれの真下には、稀なほど大きな、よくないものが今も眠っています」
「それが……それが……?」
 頼子は震える声をおさえるように、口許を手で覆った。
 名彦は頷く。
「それが、お嬢さんを死に至らしめたものです」
 力が抜けたように、呆然と勇は名彦を見つめ、それから白木蓮へと視線を転じた。
「何で……どうしてそんなものが……」
「土地に本来ついていたものか、あるいはどこからか流れ着いたものか。私には図りかねます。ただ、それがお嬢さんに入り込んだことは、白木蓮の意志とは全くの無関係です」
 意志、と呟いて頼子は泣きはらした目を名彦へ向ける。
「どういうことです?」
「お嬢さんが亡くなられるまで、そう時間はかかりませんでした。ですが、あの大きさならば、おそらくは更に短い期間で亡くなられたはずです」
「……あれでも長い方だったと?」
 名彦は庭に咲く白木蓮を見つめた。
「白木蓮が「よっぽどのこと」をしたからです」
 雪の色に、暖かな花の色が滲む。
「お嬢さんにそれが入り込んでからも、そして今も、あの木は自分の真下にずっと、悪いものを抑え込んでいるんですよ」
 勇は目を丸くして、名彦に問うた。
「あれが?……何故?」
 名彦は寂しげに笑う。
「言葉を失ってもいいと思えるほどの想いは、人にもよく覚えのあるものでしょう」
 そう言ってから、続ける。
「全てのものが活発になる春は、あのぐらいの木では全力で抑え込むしかありません。ですが、命の眠る冬にはわずかな余裕がある。だから、お嬢さんの心に力を与えられるように、白木蓮は冬に咲き続けることにしたのでしょう」

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