いつまでも




 正座をして出されたお茶を長閑にすする名彦を見て、頼子は苦笑する。
「先ほどは申し訳ありませんでした。まさか、こんなにお若い先生だとは思いませんで」
 そう言う頼子は元より、縁側に面した居間から睨みつける勇も、少なからず名彦の若さに驚いているようだった。
 毛糸の帽子を脱げば、肩まで伸ばした黒髪が現れ、顔には幼さも残る。彼の担いできた木製の薬箱が肩書きをそれらしく見せているが、怪しげなことに変わりはない。知り合いにしみじみ童顔だと呟かれる名彦は、これでもあと少しで三十路に入る歳だった。
「いえいえ。こちらも、自分の容姿を詳しくお伝えせずに窺ったのですから。驚かせてしまって、申し訳ありません」
 素直に頭を下げられ、頼子は拍子抜けしたように夫を振り返る。本当にこの男で大丈夫なのだろうか、という心配が動作の端々に滲み出ていた。もっとも、端から疑っていた勇が助け舟を出すわけもなく、妻の目配せも見ぬフリをして、お茶を飲む。その意識はずっと名彦に向けられたままだったが。
 顔を上げた名彦は「それにしても」と言って、庭の白木蓮に目を向けた。
「あちらがお話の白木蓮ですね。見事な花づきです。外から見て、ああこれだと、すぐにわかりました」
 それで、と言って苦笑し、頭に手をやる。
「あまりの綺麗さに、ついふらふらと無断で入ってしまいまして。重ねて申し訳ありません」
「では、あの」
 近所の子を呼んで談笑しているような雰囲気になりかけたが、頼子は名彦を呼んだ理由を忘れることはなかった。勢い込んで問うと、名彦は柔らかな表情をおさめ、何かを見透かすような目で白木蓮を見つめ、小さく息をつく。
「あまり、急いて話すことではないと思いますが」
「……私たちには急いて話すことなのです。春に咲く花が冬の、それも雪の中で咲くのが風流だとお思いになりますか?近所からは呪われていると噂され、外を歩くのもままならないのです。だから、先生にお願いしたのです」
 名彦はちらりと頼子を見て、苦笑いした。
「先生というのはやめて下さい。それほど高尚なものではありませんし」
 それから小さな声でうなりながら白木蓮を見つめた後、名彦は顔を庭に向けたまま、横目で頼子ら夫婦を見た。
「……では、これからいくらか失礼な事をお聞きするかもしれないことを、まずお詫びしておきましょう」
 ただ警戒心を向けるばかりだった勇が、静かな名彦の声に打たれたような顔でこちらを見る。口や態度には出さずとも、頼子以上に不安を抱いていることは明らかだった。

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