第十九章 ただいま
第十九章 ただいま
夜闇の中に訥々と語られるオッドの声が沈みこんでいく。茶ばんだ城の壁はそこにいる人間の呼吸すらも吸い込んで、まるで人のことなど無視するかのように存在した。
その中でアスは、オッドの口から初めてアルフィニオスの名を聞いた時よりも、落ち着いて話を聞いていられた。
母親、父親、一族など、今まで生きてきた中でそう親しくはなかった言葉たちの乱舞に戸惑いは隠せない。だが、耳は貪欲にオッドの話を吸収していく。そうでもしなければ言葉が零れてしまうかのように、全身をオッドの一言一句へ傾けて聞いていた。
「アルフィニオスが元々、「天」の者であることは知っているかね?」
森の中、フィルミエルが憎しみと共に言い放った言葉が思い出される。
「時々に彼はわしの元へ訪れ、後にアルフィニオス神書と呼ばれる本を書き始めた。しかしある日、彼は罪を犯して地上へと堕ちた。……その理由は知らんがね。そして一人の母親を助ける機会に合った」
アスは息を飲む。それを見たオッドがふわりと微笑んだ。
「そうだ。それがそなたの母親だよ。その縁で彼はそなたの名付け親になり、そなたらと共に生活を始めた」
──心が震えるとはこういう事なのだろうか。
悲しみにも切望にも、また懐かしさにも似て、それらは判別のつかない感情と共に渾然一体となって内に渦巻いている。オッドが語る言葉の中から、その感情の正体を確かめる術はないものかと耳を大きくしていることにアスは気付かなかった。
しかし、オッドの話を聞きながら段々と顔色を悪くしていく彼女の様子に、オッドが気付かないわけがなかった。
「……本当を言うと」
話を中断して発せられた苦笑混じりの言葉に、アスは顔を上げる。
「わしはあまり全てを話したいとは思っておらぬ」
「……何故?」
「アルフィニオスが記憶と共に封じた物の大きさを、わしを始めそなたもわかっておらぬからだ」
オッドは居住まいを正して目を伏せた。
「厳密に言うと、記憶を封じたのは二次的な結果でしかなかった。そなたの持つ『時の神子』としての力は、幼少のそなたにはあまりに強大すぎての。エルダンテの教会へ預ける前に力を封じた結果、共に記憶も封じ込まれてしまったと言うしかない。だからこうして話を聞いている内に、そなたが記憶を思い出すのをいくらか期待している」
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