第九章 遠い家



第九章 遠い家


 鼻孔を草のきつい臭いがついた。湿気を帯びたそれは、陽光を浴びた時に放つ柔らかな臭いとは違い、長い間鼻にしていると気分が悪くなる。歩きながらその臭いを楽しむのならばまだ許されるのだろうが、横たわり、しかも目覚めて一番に鼻にした臭いがこれとあっては顔をしかめざるを得ない。

 その上、追い討ちとばかりに背中がじくじくと濡れている。元から湿気を多く含む地面なのか、それとも雨でも降ったのだろうか。何も敷かれていない地面にそのまま横になった考えなしをあざ笑うかのように、濡れた先から体が冷えて寒いことこの上ない。薄暗い空を見上げて、まだ暖かいはずの季節を疑いたくなった。

 節々が軋む体を緩慢な動作で起こし、ぼんやりと自分が置かれている状況の把握に努めた。

 リファムの王城地下にある牢から逃げ出し、音を失った自分はカリーニンに背負われた。不承不承、担がれながら地下水脈に沿って逃げる最中で、水の匂いと音に耐えかねて気絶したところまでは覚えている。

 だが、記憶を巻き戻している内に岩を穿つ水音と、水の硬質な匂いが五感に蘇り、耐え難い不快感に襲われて再び湿った地面へと戻った。口許を押さえ、急に速くなる呼吸を整える。胃の底からこみ上げてくるものを飲み込み、段々と呼吸を深くしていった。

 数回、それを繰り返していくうちに喉元まで迫っていた不快感はなりをひそめ、アスは口許から手を離して再度、深呼吸をする。きつい草の臭いに変わりはないが、目覚めたばかりの時よりも優しく感じた。

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

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