番外編 王城狂想曲



「私を追い込もうなど百年早い。これだけで済ませてやる温情に、感謝の一つでも寄越してもらいたいものだがね」
「…………では、嘘と」
「予行練習と言ってもらおうか。人間、いつ間違いを犯すかわからんからな。まあ、お前を呼び出すのに一番手っ取り早いと思ったのは事実だが、まさかこんなにあっさりと出てくるとは思わん。戦場では長生きしない性質だ。平和な世の中で良かったな」
 ラバルドはゆらりと体を起こし、氷点下の視線をイークに遠慮なくぶつける。
「陛下……!」
「ああ、そうだ。お前、焼き菓子は好きか」
「仰られる意味がわかりません。それよりもこの度の陛下のお遊びについて、いくつかご進言申し上げてもよろしいでしょうか」
「戯れと言え。侍女が茶菓子に作ったそうだが、どうやら作りすぎたらしい。お前にも、ということだ」
 イークは執務机の上に置かれた包みを指差した。
 だが、ラバルドは一瞥をくれただけで、手を触れようともしない。
「話を逸らさないでいただけますか。いくら陛下といえど……」
「逸らすも何もない。今日の一件の一番中心にいたであろう人からの贈り物だ。本人は全く知らんがな」
 さて、とイークは頬杖を解いて、顎の下で手を組んでみせる。その両眼に危険な光がひらめいたのを見て取ったラバルドの顔からは、さあっと血の気が引いた。それまでの血気は見る影もなく、最悪の人物に知られてしまったという落胆ばかりが、ラバルドの周囲に渦巻いていく。
 三爺もこれを見たのだろうか。おそらく今のイークと同じような気持ちになったことだろう。こんな面白いものを見れただけでも、既に目標の一つは達成出来たようなもので、後に残るものはおまけ程度に過ぎない。もっとも、三爺はおまけ程度には考えていなかったようだが。
「それを受け取って帰るか、受け取らずに庭師の所で掃除を手伝ってくるか。どちらを選んでくれても構わんが、後者を選べばそれなりの代償がつくことは、自分でわかるな?」
 イークの口からさらさらと飛び出す言葉は穏やかだが、その内容は三爺の時よりも現実味を帯び、イークが言うのなら「そうなりかねない」という恐怖心すら抱かせる。それなりの、と言ったあたり、ラバルドがどう足掻こうが、イークは既に大方の部分で真実を掴んでいるに違いなかった。
 城内をあれだけ逃げ回りながら、半日経った頃にはこのざまである。完全に逆転した形勢を前に、ラバルドが出来ることは一つだけだった。
「…………頂戴いたします」
 一礼し、丁寧に包まれた菓子を取る。誰が作ったのかなど、考えるまでもない。それを思えば嬉しいはずなのに、手放しで喜べないのは目の前でにやにやと笑う君主の所為であった。

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