番外編 王城狂想曲
「わかった。回りくどいことは言わん。はっきりと問おう」
「ようございました。何でしょう」
意を決して口を開いたその瞬間、遠くからアートの声が聞こえた。
炊事場へ至る廊下伝いにそれは響き渡り、段々と声の形も響きも明瞭になっていく。いち早く気付いたイークに続き、シャイムやエンヌも「おや」という顔をして耳をすませる。
「……アート様がお呼びのようです」
気を利かせてシャイムがそう告げるが、イークにとっては悪魔の呼び声に等しい。どうやら今回は諦めるという選択肢もないようだった。
「場所を変える。こっちに来い。悪いが、お前はアートに、私はいないと言っておいてくれ」
そう母親の方に言い含めておくと、シャイムとエンヌを連れてイークはさっさと歩きだした。
炊事場の近くにある扉を開けるとそこは広い倉庫になっており、穀物などが入った麻袋や、芋など日持ちのする野菜が山と積まれた樽が何個も鎮座している。ねずみなどの侵入を許さぬために、極度に密閉された室内はひんやりとして薄暗い。
イークは整然と並んだ荷物の間をすり抜けるようにして歩き、倉庫の半分ほどを歩いた所で、ぴたりと立ち止まる。そして屈みこんで石造りの地面を手で払うと、他の石にはないわずかな窪みが姿を現した。イークはその窪みに手を引っかけ、ぐ、と押す。
途端、地面の顔をしていた一画に直線の亀裂が走り、真四角を現したところで、イークの手許から前方に向かって、ほんの少し平行にずれた。
「……秘密の通路ですか?」
シャイムが興味津々に聞いてくる。
イークは人一人が通れるくらいにまで扉を押し広げ、その下に口を開ける階段を見据えた。
「言葉によっては随分とかわいらしく聞こえてくるものだ」
「……このようなものは初めて見ます」
エンヌも驚いたように言う。
「しかし、陛下の仰るように、それほどかわいらしいものではないようですね」
「先王の遺産だ」
「先王の……」
ああ、と言ってイークは気にしない風に階段を降り始めた。その後を慌ててエンヌとシャイムの二人はついていく。
「あの、陛下、明かりは?」
「いらん。お前たちも必要ないだろう」
確かに、とシャイムは階段を下りる自身の足元を見た。そこに巣食うのは深遠の闇とは言い難い。
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