番外編 王城狂想曲



「まさか陛下がご公務を放棄なさってまで、こちらにお出ましとは思いもしませんでしたもので、執務室におられるのではとお答えしておきましたが?」
「放棄はしていないし、そもそも今日の仕事は全て片付いている」
「では、明日の仕事もお片付け下さいませ。ラバルド様もきっとお喜びになるでしょう」
「その采配はラバルドに任せている。そのようにせよと言うのなら、まずラバルドに助言を頼みたいものだがな」
「生憎と陛下のご公務の段取りには明るくないもので、このように陛下がおられるのならば、よほどラバルド様が辣腕ぶりを発揮なされたということなのでしょう」
 イークはじっとりとした目でエンヌを見下ろした。
「……しばらく会わない間に随分と嫌味が増したものだ」
 エンヌは険を含んだ目つきでイークを見上げる。
「嫌味とお思いでしたら、わたくしに対して後ろめたい気持ちがあるからと推測いたしますが」
 冷戦よろしく、熱を帯びない言葉の応酬は見る者を硬直させた。二人の前でどうしたものかという顔を向けている親子はすっかり二人の気迫に飲み込まれ、言葉を差し挟む余地すら与えられていない。
 その中でも、おず、と手を挙げて発言を示した母親の心臓たるや、「母は強し」という言葉を再確認させられるものだった。
「よろしいでしょうか、エンヌ様」
「陛下の御前です。火急の用でなければ後にするように」
「申し訳ございません。その……陛下がエンヌ様をお探しだったもので、もしお急ぎの用件でしたらと……差し出がましいとは思いましたが……」
 エンヌの気迫に押され、母親の声は段々と小さくなっていく。それがシャイムにはいくらか心細く見えたのか、シャイムは母親の服の裾を少しだけ掴んだ。励ますつもりではなかっただろうし、エンヌが怖いからでもないだろう。第一、この少年なら、エンヌを怒らせることぐらい朝飯前にやってのけそうだった。
 ただ、気持ちの萎縮していく母親の姿が、見ていられなかったのかもしれなかった。
 母親だけでなく、シャイムの様子も相変わらずの鋭い瞳で眺めたエンヌは、一つ息を吐いて休戦を示した。
 ふう、と張りつめていた空気が元の形へと戻っていく。
「わたくしをお探しとは、どのようなご用件です?」
 つられてイークも息を吐く。本題に入った瞬間にエンヌの顔がどうなるのか見ものだが、今はそんなことを憂えている時間はない。そのうち、あの三爺が見合いの肖像画まで持ってきかねない勢いを感じる。
「世間話程度に聞き流してもらいたいんだが」
「でしたら、わたくしではなく衛兵にお尋ね下さいませ」
「……ひとまず私の言葉を聞く時間くらいは持て」
「これ以上の回答をお求めでしたら、もう少し、お尋ねの内容を精査してからお越し下さいませ」

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