番外編 王城狂想曲



 老女と言ってもいい年齢ではあるが、年相応の気迫と知識を兼ね備えているだけに厄介だった。白髪を後頭部で一つにまとめあげ、きびきびと働くエンヌの顔には常に、侍従長として王に仕える覚悟と誇りが見えている。それはそれは頼もしい女性ではあるが、その口舌たるやあの三爺を束にしても敵わぬほどで、イークとて幾度となく舌戦を繰り返した相手だが、一度として快勝と言える勝利を挙げたことはない。ラバルドなど早々に戦場放棄をし、エンヌの前では逆らわぬようにと決め込んだほどだった。誰でも、王城に勤めている間は美味しい食事と円滑な生活を送りたいものである。エンヌは遠慮なく、その立場と権力を行使した。
 その理由に間違いがないから厄介で、本当にイークのことを思っているとわかるからこそ、逆らいようがない。まるで母親のようだ、とラバルド共々愚痴をこぼすこともしばしばである。
 侍従長なら、侍女や衛兵たちの噂も少しは知っているだろう──ラバルドの弱みも知っているかもしれないとふんでのことだったが、エンヌ相手では切り出し方によっては三爺側に回りかねない。
 きょとんとして主君を見つめる親子をよそに、イークは要点だけをどう伝えるか、と熟考に入っていた。
 その時、母親の方が「あ」という顔になり、隣りに立つシャイムが頭を下げる。
 不思議に思ったイークが思考の淵より現実に戻ると、シャイムは後ろ、と指さした。
「なんだ?」
 そう言いながら振り返り、イークは固まった。
「このような所で何をお探しなのですか、陛下。ご用がある時はお呼びいただければ、こちらから参ります。わざわざお出ましになっていただいたことは、下々の者にとっては大変な光栄にございますが、ご自身の仕事を放棄なされての激励でしたら、どうぞお引き取り下さいませ」
 立て板に水のごとく、すらすらと鋭い言葉を浴びせかけ、エンヌは一礼してイークのために道を開けた。
 その容赦のない言葉に慣れているイークや、苦笑している母親はともかく、シャイムなどはすっかり目を丸くして固まっていた。どうやら子供にも畏怖の対象とされているらしい。
 背筋をぴんと伸ばしたエンヌの一礼は見本になるほど綺麗で、しかし、その隙のなさがイークにはいささか面倒な相手と映るのだった。
 イークは一つ息を吐いて、エンヌに向き直る。
「顔を上げろ。私がここまで来たのには少し訳があってな」
「アート様がたのことですか?」
「……お見通しか」
「庭から戻る際に、陛下のことをお聞きになりましたので」
「まさか言ってはいないだろうな」

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