番外編 王城狂想曲



 先刻のようなやり取りの方がまだ気楽だったと思うイークだが、こうして敬意を払うことも彼らの仕事の一つなのだ、と三爺の一人に告げられた時は、なるほどと思ったものだ。もっとも、誰に言われたかまでは覚えていないので、自分の中ではさほど優先順位の高い事ではなかったのだろう、と一瞬で片付ける。敬意が忌憚ない意見のやり取りを妨げるのなら、そんなものは不要だ。
 だが、払われた敬意には相応の尊厳で以て返すのが礼儀というものだ。イークは小さく息を吐いた後、居住まいを正して口を開いた。
「構わん。何の知らせもなしに来た、私に非がある」
 頭を上げていいぞ、と言うと、少年の顔はあからさまにほっとしたような表情になっていた。
 それを見ると、イークとしてはいじわるの一つでも言ってみたくなる。
「……が、自らが仕える主君の顔ぐらいは半日で覚えてもらいたいものだ」
 にやりとして言うと、少年は目を丸くし、次いで隣の女とイークとを忙しなく見比べた。その様子に女は呆れたように首を振り、答えを求めようとする少年の頭を拳骨で叩く。
 イークは意地の悪い笑みをおさめ、ふと微笑んだ。
「お前の子か」
「はい。もういい年齢だから、こちらで下働きでもした方が勉強になると、エンヌ様の取り計らいで働かせて頂くことになったのですが……落ち着きのない子で……」
「その年頃でやたら落ち着かれても困る。名は」
「シャイムと申します」
「昔話に出てくる大樹の名だな」
 シャイムはイークを見上げた。
「知っていることが意外か?」
「……誰にも当てられたことがなかったので」
「本当に古い話だからな。知る人間も限られている。詳しいことが聞きたければ、今そのあたりをうろついている三爺のどれかに聞いてみろ。教えることに関して生き甲斐を感じるような連中だ」
 それと、と言葉を続けて、イークらの様子を見守る炊事場の人々を見渡す。
「話を聞くつもりなら、手も動かしてもらおうか。主君一人が来ただけで仕事もままならないようでは、私は毎日、焦げた料理やらを食べさせられる羽目になりかねん」
 イークなりの冗談にそこかしこから笑いが湧き上がり、各々、唐突に現れた主君に一礼をした後、自分の仕事へと戻る。炊事場に再び、賑やかな音が戻ってきた。
 イークは目の前の親子へ視線を戻し、ようやく本題に入る。
「逸れた話を戻そう。侍従長はどこにいる」
「エンヌ様でしたら、こちらにはおりません。庭師に用があるとかで、外へお出でになっておられます。エンヌ様に何かご用でしたら、すぐにこの子を呼びに行かせますが……」
「いい。あまり大事にはしたくない」
 三爺に次いでイークが王城で苦手とするのが、侍従長のエンヌだった。

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