番外編 風来る



 段々と背中に背負う影の色を濃くしていくラバルドへ、バーンはうんざりしながらも声をかけた。
「いやー……本当にそういうわけじゃないと思うけどさ。話せる時期ってのがあるだろ、そりゃ」
 イークの周りにいるにしては、随分と気持ちの揺らぎが激しい男である。
 バーンの心情など意に介さぬ様子で、ラバルドは低い声で言葉を紡いだ。
「話せる時期を主君から窺われているようでは、側近として不合格です。今日も今日で書類は散らかす上に、仕事はしない……」
 言葉のしめに大きな溜息を落とす。苦笑しつつ聞いていたバーンだが、そこまで聞いて、おや、と思うところがあった。
「王様、仕事しねえの?」
 バーンの指摘にラバルドは肩をびくりとさせ、思わず滑り出た言葉にようやく気付いたようだった。
 二人だけが歩く廊下には人気がなく、何かの間違いと言い繕うにはあまりにも静かすぎる。おそるおそるバーンを振り返るラバルドの様子が、まるで悪事を主人に見つかった犬のようで、見ている方としては大した質問もしていないのに、いたたまれなくなって仕方ない。
「……言わねえから。別にそんな告げ口みたいなこと。ただ疑問に思っただけだって」
 手をひらひらとさせて、バーンは努めて気軽な口調で言う。
 その姿にラバルドも段々と警戒を解き、強張った顔を緩めながらも疲労感漂う表情はそのままで答える。
「先の騒乱が治まって後、王城へご帰還なされた陛下は矢のような勢いでリファムを再建させていきました。街や人が多く失われた訳ではありませんから、主に文官の仕事の領域での再建にはなりますが」
「まあ……そうだな。エルダンテとぶつかりあったのは国境近くの平原だし、王様がいない間にめちゃくちゃになった内政をどうにかする程度で収まったんだろ?」
「程度、と仰いますが、陛下不在の王城は転がり落ちるように乱れていったようですよ」
 ラバルドは苦笑しながら言う。
「これまで王城をまとめあげられていたのは、陛下がご自身の権力のお使い方を充分に熟知なさっていたからでしょう。時に冷徹に、時に懐柔しつつ一癖も二癖もある家臣たちを従わせていった。彼らの一癖二癖が、子供のように可愛らしいものであれば、まだ笑って話せるのですがね」
「古今東西、昔っからどの歴史見ても変わらねえよ」
「その通りです。ですから、陛下という大きなくびきを失えば、彼らは飼い主をなくした犬のように奔走します」

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