番外編 風来る



「あの国は絶えず、小規模な騒乱が起きる。厳冬と一部の上位階級の者どもの身勝手に、民衆が食い物にされているからな。騒乱が起きるのも道理だろうが、改善出来るだけの余裕をあの国の冬は与えない。だから騒乱を迅速かつ小規模に抑え、民の不満の捌け口を国が調整してやる必要がある。騒乱が大きくなれば、ただでさえ疲弊している国が更に窮地に立たされることになるからな」
 イークは小さく息を吐く。
「まあ、そこまで現国王が考えておられるかはわからんが、話に聞く限りではここ数十年の中では名君といっていい器の持ち主だ。その息子も父親によく似ると聞く。しかし、これほど大規模な航路の変更を民が自ら行うのだ。公式の要請がないことが、ネドファリアが侵攻を考えていないことには繋がらない。そして、これほどの規模の侵攻を王族が指揮しないわけがないにも関わらず、ネドファリアの上位階級のお歴々は皆、ご自身の資産をお守りすることにご多忙の様子で、それを諌める様子もない」
 後半の方となると、イークの声にたっぷりの皮肉が混じる。そんなことがリファムで起きれば、身ぐるみ剥がされそうだな、とバーンは目の前の王の気質の激しさを思い知る羽目になった。
「となると、国王はおられるがその権限が充分に機能していない、と私は考える。どこだかの国と隠して言ってやる必要もない。まるでかつてのエルダンテだ」
「……オレは一応、王様の気持ちを慮って言ってやったんだけどね」
 呆れたようにバーンが言うと、イークは自嘲気味に笑った。
「私は他人に気遣われるほど良い人間ではない。その点で言えばリミオスは良い人間であったのだろう。結果として起こした行動は馬鹿としか思えんが、あれは本当に賢い男だった。だから国王の権限が機能せずとも、エルダンテは急激に傾くこともなかった」
「ネドファリアはその点、傾国しつつあると?」
「定かではないがな。馬鹿が頭のいい奴を使おうとしているのか、その逆か」
「……頭がよけりゃ気づくだろ。普通」
「気づかない奴もいる。不幸なことにな」
 そうとだけ呟くと、イークは背もたれに体重を預けた。
 気心の知れた間柄といっても、話す内容はきな臭いものばかりである。緊張した頭をほぐす時間にはなり得なかった。
「……ネドファリアの艦隊は強い。海に囲まれた島国というだけあって、群島諸国並みの操船技術と海戦の知識がある」
「でも、オレが記憶する限りじゃ、ここしばらく海は平和なもんだぜ」
「お前の十数年の記憶ではな。私の記憶では、その威力は一定して高い。過去にも何回か大陸を侵攻してきたことがある」
 バーンは呆れたような目でイークを眺めた。
「何十年前の話だよ……言葉を返すけど、オレの知る十数年には何もない。それがここへ来ていきなりだろ? ネドファリア国王の権限が機能してないにも関わらず、侵攻が計画されてんなら、そこにはもう国としての体裁はない。名君と言われる王様だって、さすがに看過するわけないだろ」

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