番外編 風来る



 イークは顔の前で手を組んだまま、その顔に表情の一切を浮かべない。怒ってはいないようだが、とバーンが表情の奥の感情を探ろうと目を向けると、イークは手を解いて息を吐いた。
「……濃い青ならば、うまいことやらねば染まらんだろう」
「おかげさまで見事な緑色」
 その点で言えば、とバーンは苦笑しながらイークの姿を見直した。
「王様はうまいことやったかもな。その髪、切る時に何か言われなかった?」
 イークはすっきりとしたうなじに手を当て、くすりと笑った。
「まあな」
 後頭部で束ねてもまだ長かった黒髪は今やその影もなく、ばっさりと切られてしまっていた。辛うじて、耳の脇に名残程度の長さで髪が垂れる以外では、傍目には随分とすっきりとした頭になっている。
 一連の出来事に片がつき、王不在の間に乱れた施政を恐ろしいほどの勢いで立て直した後、ベリオルの国葬を執り行うまでに空いたほんの僅かな期間にイークは決め、さっさと自分で切ってしまったのである。
 イークが王位についてすぐ、髪を伸ばし始めた頃には、多くの家臣が良い顔をしなかった。
 王位を頂いた経緯も、その相貌も性格も、他の国王にはあまり評判がよろしくはなく、そこへ来て、どこぞの旅芸人でもあるまいにと思われるような長さの髪では、風当りが更に厳しくなると家臣たちは考えていたのである。イークから話を漏れ聞いたバーンでさえも、その危惧は抱いて然るべきものだろうと思う。
 ところが、長い髪は思わぬ効果を呼んだ。豪胆不遜な性格に箔をつけるのに、長い黒髪というものは大いに役立ったのである。
 見た目というものは案外馬鹿に出来ないものだ、と笑って言い放ったイークが突然髪を切ると言い出した時、一番に反対したのは、家臣たちの方であった。効果を目の当たりにしたのが一番の理由だろうが、本当のところは、切ると言った主君の内心を心配してのことだ、ということは、バーンがわざわざ彼らに聞かずとも態度で知れることだった。
 アスを中心としたあの騒乱で、イークが失くしたものは多い。それはベリオルだけのことに留まらず、家臣の多くは事の真相を知らないが、仕えるべき主が何かを失くして城に帰還したことだけは空気で感じ取っていた。
 だから、イーク自らが変化を促すことが、家臣たちには怖かったのである。
 そんな心配も危惧もよそに、当の本人はさっさと切って、一人ですっきりとした顔になっているわけだが。
「髪を伸ばしたのは願掛けの意味もあった。その願いが全て消化されたから、切っただけだ」
「……それは叶ったのかい」
 気遣うように問うたバーンへ、イークは不敵な笑みを見せる。

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