第三十章 暁の帝国
確かに、混沌は約束を守ったのだ。流れを変えるという言葉の通り、『器』の呪縛から解き放たれ、港街は本来ある街の姿を取り戻していた。
唯一、海面の高さが低くなってはいるが、それも笑って迎えられる。砂浜に面した船着場を、港を知る人々は笑い話にするだろう。
吹き返した息のように、穏やかな風が吹きぬける港へ、鳥が舞い降りる。
ちち、と鳴く姿にアスとライの二人は顔を見合わせて笑った。
「どうしよう、これから」
アスの静かな声が空気に溶ける。
ようやく体を起こしながら、ライが答えた。
「決まってるだろ」
砂を払って立ち上がり、アスに向かって手を差し出す。
「生きるんだ。一緒に」
逆光になったライの髪が輝き、その眩しさに目を細めながらもアスは笑って体を起こした。
──一緒に。
目の前に差し出された手は大きく、暖かい。
ずっと離れていたそれを掴むと、大きな力がアスを立ち上がらせた。思いがけず強い力にたたらを踏んだアスをライが笑う。
「お前、軽くなったな。少し食べて太らないと」
「何だよそれ……」
体勢を立て直すアスを見ていたライだが、何かに気付いたように視線を上げてくすりと笑った。それに気付き、同じ方向へ顔を向けると、アスの顔に困ったような笑みが浮かぶ。
「……怒られそう」
「イークとバーンにな。いいさ、今日は一緒に叱られてやる」
砂浜から続く港の船着場には、沢山の人の姿があった。
二人の不在と港の変調に気付いたのだろう。急いで馬を駆けてきたらしいバーンやザルマ、サークやジャックたちなどがこちらに向かって声をかけ、手を振っていた。一同の中でただ一人、腰に手を当てたままのイークは、声を張り上げるようなことはしないものの、その顔には苦笑とも取れる笑みが浮かんでいる。
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