第三十章 暁の帝国



 押さえ込む力に抗おうと両手で柄を握り締めるが、左腕の痛みがそれを妨げた。これを好機と見たのか、ヘイルソンは下がることはせず、更に力を加える。

「幻想でも見えないよりはいいと言ったな。しかし、幻想ばかりを見て現実を疎かにした結果がこれとは思わないかね?」

 口早に言葉を紡ぎ出す。そこにいつもの冷静さはなく、アスはヘイルソンの顔を凝視した。

 それが、返答に詰まった様子にでも見えたらしい。ヘイルソンは言葉を次ぐ。

「希望だの未来だのと、うつつを抜かした結果、アルフィニオスは堕ちてこんな世界で死んだ。本来なら光と誉れの中で死ぬべきだったものを、彼を堕落させたのは何だ。お前の言う幻想の所為だ。人が争うのも、血を厭わないのも、見えもしない幻想を願う結果だ。それでも、お前は見えないよりいいと言うのか」

 言葉が頭に染みこむよりも早く体が動き、アスの足がヘイルソンの腹を蹴り飛ばす。がら空きだった腹部に蹴りを見舞われたヘイルソンはよろめきつつ後退し、その隙をついてアスは剣を振り上げた。

「そうだ!」

 力一杯叩き込んだ剣が甲高い金属音を立てて、ヘイルソンの剣を交わる。

 腹の底から得体の知れぬ熱が沸き起こってくるようだった。出口をもとめて暴れまわる熱が体を動かし、口をも動かす。

 アスはヘイルソンに対して初めて、純粋な怒りを感じていた。

 憎悪も悲しみも伴わない、ただ、怒りを。

「見えるからこそ人は生きる道を選べる。見えていれば、それがどんな道であっても、選んだ結果に後悔するような生き方だけはしなくて済むんだ」

 言いながら目頭が熱くなるのを感じた。

 脳裏に、今まで亡くしてきた人々の顔が浮かびあがってくる。

 その誰もが、この理不尽な戦いに巻き込まれながらも、その中で己の歩く道を見出そうとし、結果、訪れた死へも静かに従った。どんなにこちらが嘆こうとも、彼らにはそれだけの覚悟があったのだろう。

 彼らは死を前にしてさえ、そうするに至った自分の選択を後悔していなかったはずだ。

──まだ生きている自分たちに、そんな人々の心を否定することは出来ない。

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