第三十章 暁の帝国



 死するアルフィニオスの為か、そんな彼を救えない無力さの為か──彼を失う自分のためか。

──否。

 行き場を失った感情はどす黒い影を伴い、ヘイルソンの胸に去来する。心なしか足元に広がる影も大きくなり、まるで獣が口を開いているかのような錯覚を覚えた。

 この獣は自分の中にいた獣。この口は今まで開くことの出来なかった口。だからといって獣の存在を忘れたわけでも、口の開き方を知らないわけでもない。開いた口は獲物を求め、牙を差し込む瞬間を心待ちにしている。

 アルフィニオスが人界を羨み、人を愛し、その人の中で死を選ぶというのなら、自分は彼を死へと導いた人界ごと、この世界全てを壊してやろう。

 誰かを死に導くしか出来ない世界なら、必要ない。だからこの涙も、彼を止められなかったと悔やむ感情もいらない。自分の力、ただそれがあればいいだけのこと。

 アルフィニオスが見た、そして束の間自分も見た、幻想を見せるだけの世界は、そこにあるだけで罪だ。

 だから、壊す。自分の手で屠ってこそ、それがアルフィニオスへの償いにも、あてつけにもなるだろう。

 やがて、アルフィニオスが死を迎えた時、ヘイルソンの目から涙が流れることはなかった。


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 きいん、と金属が交じり合う音がし、ヘイルソンを思考の淵より呼び覚ます。一瞬にして焦点のあった視線の先では、アルフィニオスと同じ目をした少女が剣を構えていた。

 彼女こそアルフィニオスが命を賭して救った少女なのだと思うと、憎しみにも似た感情が呼び起こされる。

「……皮肉なものだな」

 低く呟いてアスの剣を弾き返す。右手一本で扱っているにも関わらず、そこから繰り出される技は重く圧し掛かってくる。今まで『欠片』を使用していたアスにしてみれば通常の長剣は使い慣れず、そこへ来てヘイルソンの方が実力を上回るとくれば苦戦を強いられるのは必須である。

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