第三十章 暁の帝国
息を吹き返したはずの「希望」は目を閉ざし、一時は懐かしく感じていたソンたちの存在を今まで以上に疎ましく感じる。ただ日々を生きるだけの生活は、以前の自分なら難なくこなせた。なのに、今はそれがとてもつまらないと思ってしまう。
俯いた視線の先へ溜め息をぶつけるたび、アルフィニオスの不在は大きくのしかかっていった。
だが、彼の不在を大事としてとらえていたのはヘイルソンのみで、天界はむしろ今まで以上の秩序に保たれつつあるように見えた。他の仲間の言葉を借りれば「平穏が戻ってきた」というところだろう。
──だから、誰もがアルフィニオスに起こった変化をさして気にも留めなかったのだ。
人界で起きた本当に些細な事。天にはない病で人が倒れることも、争うことも、それほど珍しい光景ではなかった。その中で誰が命を落とそうとも、傍観者であるヘイルソンらには関係のない話で、欠伸の出るような光景だったことを覚えている。
森に放たれた炎が夜空を焦がし、まるで昼のような明るさをもたらしたことも、そこから逃げ出した骨と皮だけのような人々へ矢が容赦なく降り注ぐ光景も──長い時を生きてきたヘイルソンからすれば「いつものこと」でしかなかったのだ。
そこから幼い少女を連れ出した、アルフィニオスの姿を見るまでは。
ヘイルソンは心臓が飛び上がる音を聞いた。次いで、胸を強く締め付ける感情の存在も思い出した。
そして、アルフィニオスの周囲に死の影がまとわりついているのを見た瞬間、胸を締め付けていた感情が爆発するのを覚えた。
自分にはわかる。否、自分でなくともわかる。おそらくアルフィニオス自身も、自分の命の残り時間はわかっているだろう。
──なのに、どうして。
どうして天の力を使わない。どうして人の側で死を選ぶ。
どうして、わたしに助けを求めない。
堪えきれない感情を持て余し、ヘイルソンはそれ以上アルフィニオスを見続けることが出来なかった。
目を手で覆い、顔を俯かせる。その掌に暖かいものが当たったような気がしたが、気のせいだと思うことにした。そうでなければ、何の為の涙だろうか。
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