第三十章 暁の帝国



 加えて、その時、既にアルフィニオスの立場は酷く危ういものだったのだ。

 天界にはない、黒色に包まれた彼の存在は羨望から異端へと変化していき、更に度重なる人界への干渉が多くの仲間からの非難を浴びた。人間の男を生き返らせたことも、糾弾の声に拍車をかけることとなったのだ。

 次はない。堕天の印という噂が、現実になってしまう。

──行くんじゃない。

 今にも飛び出しそうなアルフィニオスの腕を掴んで言った。

 だが、それに対してアルフィニオスは苦笑して返した。

──あの母親の中には、私に必要な命がある。ここで死なせてはいけない。

 思わず、腕を掴む力を緩めると、アルフィニオスは人界へと向かった。

 彼が自分の言葉を聞かなかったことが悲しかったわけではない。彼の人間びいきはヘイルソンもよく理解していた。

 だが、それ以上に、アルフィニオスが人間の命を「必要」だと言ったことが辛かったのだ。

 天界の仲間でもなく、天界人種としての力でもなく──そしてアルフィニオスの傍らにいたヘイルソンでもなく、人の子供を。

 胸に渦巻く感情が何なのかもわからないまま、ヘイルソンはアルフィニオスを追いかけ、初めて彼を妨げた。

 どうしても行かせない、行かせたくない。その一心で力を放ち、やはり初めてアルフィニオスと矛を交えた。

 しかし、力の差は歴然だった。

 圧倒的な力、そして技のセンス、どれを取ってもヘイルソンがアルフィニオスに敵うことはなかった。相打ち覚悟の一撃目で呆気なく倒され、動けずにいる彼に歩み寄ることも声をかけることもなく、アルフィニオスは地上へと降りていった。

 手を伸ばそうにもその力はない。声を出す力も残されていないほど、ヘイルソンは全ての力をアルフィニオスへぶつけていた。

 そうして、瞼の裏に焼きついた彼の背中と共に、彼への想いも忘れようと、諾々とした日々が再びヘイルソンの前に戻ってきた。

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