第二十八章 帰還
僅かに咳き込んで腹に残る鈍い痛みを堪えていると、リミオスの静かな声が耳に届く。
「確かに、私たちの理由は君たちには理不尽に映るだろう。だが、私たちにはこれだけで充分なんだよ。長いこと生きてきた結果の答えが、今なんだから」
ライはひゅう、と息を吸い込んでカラゼクに向き直る。
「お前は弟を死なせてもいいのか?弟を守るのが兄の役目だろう」
「知った風な口を……!」
途端にカラゼクの足元で風が巻き起こり、一瞬にして強風と化したそれがライに向かって牙を剥く。
幾千もの見えない刃となって体を傷つける風になす術はなく、力を取り込もうにもカラゼクの意志がそれを拒むかのように遮る。腕で顔を覆って目だけでも守ろうとした時、強風を切り裂く一閃が目に飛び込んできた。
半瞬遅れて反応した体は何とかその一閃を避けたものの、目を守っていた左腕に傷を負う。
ライの腕から血が滴り落ちるのを見て、カラゼクは段々と風を緩めていった。
「……この言葉は嫌いだが、あえて使わせてもらおう。お前たちに僕たちの意志が理解出来るとは思わない。出来るはずがないからだ」
血で濡れた手を服にこすりつけて拭き、ライは剣を構えて口を開いた。
「なら、どうして俺の言葉に怒る。わかって欲しいからじゃないのか」
「愚問だ。死にゆく者へ礼儀を払っただけだ」
「勝手に殺されちゃ困るんだよ……!」
そう言い放つと共に床を蹴り、カラゼクに向かって剣を叩き込む。何度目かの金属音が室内に木霊した。
「アルフィニオスが、お前たちが憎くて呪いを与えたと本当に思ってるのか?」
おさえた口調にカラゼクが眉をひそめる。
「なに?」
初めてライの言葉に耳を傾けた瞬間だった。
だが、それに喜んでいる暇もなく、ライは口早に自分が見たものを──アルフィニオス神書の結末を口にした。
オッドが示した書庫の一角、アルフィニオスが死して後、歴代の『神子』に見せる以外では決して崩れることのなかった本たちの奥でずっと待っていた、赤い装丁の本。
──既にページの端もぼろぼろになった、その最後。
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