第二十八章 帰還
「おい、起きろ、俺だよ」
荒い呼吸は浅く、その度に血が吹き出る。自分の温もりを少しでも分け与えることが出来ればとアスの青ざめた顔に触れるが、その冷たさにも驚いた。これまでに大量の血が流れ出ていたらしい。
「くそ……!」
アスの体を床に戻し、自分の外套を外して傷口を縛る。その際、一瞬顔を歪めたアスが薄く瞼を開いた。
「……ライ……」
か細い声で名を呼ばれ、ライはアスの顔を覗き込む。
「こんな傷で死ぬな。俺に後悔ばかりさせないでくれ」
無理矢理、笑おうとしたライに向かって、アスが小さく微笑む。ごめん、と更に小さな声でライに言い、アスは言葉を続けた。
「二人を止めてくれ。……彼らは、もっとちゃんと……話すべきだ……」
「──別れの挨拶は終わったかな」
アスの声に覆いかぶさるようにして、リミオスの朗々たる声が響き渡る。まるで見物人の如く玉座へ続く階段に腰掛け、頬杖をつきながらこちらを見る様には全く動揺が感じられない。
「久しぶりだね、ライ。少し大きくなったようだ」
そこへイークたちも到着し、横たわるアスの元へ駆け寄った。だが、リミオスの眼中に彼らはなく、眼鏡の奥の紺碧の瞳はライとアスばかりに向けられた。
「また会えて嬉しいと言いたいところだが、私も忙しくてね。彼女から離れてもらおうか」
「……『時の器』は作らせない」
ライの固い口調にリミオスは面白そうに笑う。
「へえ。あれだけ私に従順だったのに、随分と変わったね。それは私が憎いからかな?」
ライは口を閉ざし、アスを庇うように体を移動させた。
それを見たリミオスは、一瞬だけ穏やかな光を浮かべた目を伏せる。
「……そうか、憎いのならそれでいい。ただ、邪魔立ては許さないよ」
リミオスが言うや否や、それが合図になったかのように、今まで静観していたカラゼクが剣を振り被ってライに向かった。
アスの手当ての為に剣を置いていたライは、視線を巡らせて自身の得物の場所を確認する。だが、僅かな距離がライと剣との間に横たわっていた。さしたる距離ではないものの、得物を取りに戻ってはカラゼクの速度に間に合わない。
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