第二十八章 帰還



 そんな彼らのやりとりを後ろに、ライは耳の奥で響く鼓動に急かされていた。

──早く。

 早く行かねばならない。アスの側に行かなければならない。

 ライの中に残る『神子』の力の残滓がアスの危機を察しているのだろうか。

 城内に入り込んで何個目かの階段を上る足の動きは最早、本能に近かった。早く、急げ、と頭の中で繰り返される言葉たちが足を動かしている。

 子供の時ほど身も心も軽くはなく、喉をついて出る呼吸は荒い。それでも、足が止まることだけは許せなかった。

──急がないと。

 ようやく階段を上りきって出た廊下で、ライは大きく息を吐く。

「……あそこだ」

 ぽつりと呟くと、後続を待たずに駆け出していた。

 廊下も、その先に待ち構える扉も記憶の中にある姿と寸分違わぬ立ち姿をさらしている。

 ただ違うのは、そこへ向かう自分。

 あの時側にいたはずのアスは扉に向こうにおり、そこへ向かおうとするライの中で席巻する思いは好奇心のような穏やかなものではない。

 体をうめ尽くすのは焦燥感と危惧、それだけだった。

「ライ!」

 イークの制止の声も遠くに聞こえる。

 走る自身の息すらもどこか他人事のように聞きながら、ライは一気に廊下を駆け抜けて、その扉の前に立った。息を整える間すらも惜しんで扉に触れると、元から開いていたらしく、簡単にその身を動かす。

 扉を押す手が震えた。この先に待つ現実を見るのが怖い。

 だが、震える手で押した扉は呆気ないほど簡単に開き、鉄臭い匂いがライを包んだ。

「……アス?」

 そこにいたのは何ヶ月ぶりかに目にするリミオス、血に濡れた剣を持つカラゼク、そしてカラゼクの正面で倒れこむアスだった。

 ただし、アスの下には血溜りが出来、ライが声をかけても反応する様子はない。

「アス!」

 弾かれるようにして駆け出し、力の抜けたアスの体を抱き上げる。軽かった体が力が抜けたことで重みを増し、右肩から大量の血が流れ出ている。よく見れば右肩には傷が二つあり、アスの体の自由を奪ったのは大きく肩を貫いた傷であることがわかった。

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