第二十八章 帰還



 王城付近の空はいつも通りの顔をして朝を向かえようとしているものの、かつて港街があった方の空はその限りではない。晴れていたはずの空にはどこからともなく灰色の雲が集い始め、空を占める割合が段々と増えていくのがわかる。それも尋常な速さではなく、集った先から渦を巻き始めるのが見て取れた。

 雲の動きに引きずられるようにして、僅かだが地上の風も強さを増している。がたん、と一際大きな音を立てて民家の雨戸が風によって外され、固唾を飲み込んで立ち尽くしていた一同を現実に引き戻した。

「あれが『時の器』ってやつの力かよ」

 珍しく動揺した風のバーンの声が聞こえる。ライを始め、イークやジャックも同じような表情で空を見上げていた。

「……目にするのは初めてだがな」

「初めてでなきゃ困る。急ごう」

 息を飲むイークに強い口調で急かし、ライは足を動かした。あの空が『器』の影響ならば、尚のこと急がねばならない。頭の中はアスの安否だけで一杯だった。

 ばらばらと後をついてくるイークらを先導し、ライは路地を走りぬける。子供の頃、予言書を見ようと王城へ向かった時のような気分の高揚はなく、流れていく風景の中に過去を垣間見て、いくらか気持ちが沈むのを覚えていた。

──帰ってきたんだな。

 沢山の想いを抱えてエルダンテを出たことが、つい昨日のことのように思える。

 帰ってきたという懐かしさよりも気持ちが重く感じるのは、やはりリミオスに会わなければならない現実がそこに迫っているからだろうか。

「ライ、大丈夫か」

 後ろを走るジャックが気遣う声をかけた。ちらりと振り返れば、彼の表情もあまり明るくはない。エルダンテを出た時はあんなにも意気揚々としていたものが、いざ帰ってみればロアーナはおらず、エルダンテは危機に晒されている。

 不意に、眩しい太陽と青々とした木々が思い出され、ライは胸がちくりと痛むのを感じた。

「……故郷に帰ってきたって、懐かしむ暇もないもんだな」

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