第二十八章 帰還
再び力の抜けたカラゼクの剣を、渾身の力を込めて振り払う。
額に浮かんだ脂汗と共に肩の傷からも血が飛び散り、床へ点々と模様を描いた。
「『時の神子』の力は誰かを殺す為でも、世界を壊す為にあるのでもない。過去を受け継いで、次の誰かへその意志を繋げる為のものだ。人はその間に知ることも、気付くことだって出来る。……あんたたちにだってその時間はまだあるはずだ。生きて、オッドたちの意志を知るべきだ」
アスの朗々とした声が壁に反響し、カラゼクやリミオスを包み込む。
静かに見守るリミオスに反し、カラゼクの感情には乱れが見える。それが動揺なのかはわからないが、と痛む右肩を叱咤してアスが剣を構え直した、その時だった。
城内に轟音が轟き、足元が大きく揺れる。
「……リファムか」
バランスを崩して膝をつき、リミオスが冷静に呟くのが聞こえた。
同じように姿勢を低くしたアスの耳に、今まで聞こえなかった怒涛のような人々の声が風に乗って届く。城内に突入した兵士の声だった。
「……ライ?」
もしやライも共に来ているのか、と僅かな希望が首をもたげた時、その隙を見逃さなかったカラゼクが白刃を振り被って接近する。
すぐさまアスは剣を構えようとするが、間に合わない。
「……っ!」
どっ、という鈍い音が室内に響き渡った。
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アスがエルダンテに連れ去られてから数時間、段々と朝が近づく夜闇の中で、リファム軍は再編成と作戦会議に追われていた。
「……ヴァークとサークは」
野営の準備をする間もなく、ランプを置いた大きな岩が急遽、作戦会議の場となった。
岩を囲んで会議に集う、いつもとは少ない顔ぶれを見渡し、イークが押さえた口調で問う。これにはライが答えた。
「ハルアが連れていった。多分、オッドの城まで」
一同に沈鬱な空気が漂う。
アスの連れ去りは正に電光石火の勢いだった。その為、情報収集にかなりの手間を取られたのである。その間、ずっとヴァークの遺体に泣きつくサークの側にいたハルアは事態の急展開を察し、二人を戦場から引き上げさせると申し出たのだった。
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