第二十八章 帰還



 例え何人もの人を殺めようとも、彼らに対して語りかけるべき言葉はどこかにあってもいいはずだ。それをオッドやイーク、リリクは知っていながら、何十年もの間、目を背け続けてきた。

 彼らはずっと、孤独だったんだ。

「勝手と言われようと何と言われようと、お前に僕たちを止める資格はない。お前こそ人の浅ましさを最も知っているはずだ。我々と同類だよ」

 カラゼクは静かに呟き、床を蹴る。死なせなければそれでいいという覚悟が出来ていた。

 本気で振り上げられた剣の速さは先刻の比ではなく、剣を構える間もなく咄嗟に避けたアスの右肩を僅かに斬りつける。

 右腕を伝って落ちる鮮血が温かい。肩にこもる熱さから考えるとそう深くはない傷だが、長く剣を持ち続けるのは無理だろう。とにかく二人をここで止めなければ、アルフィニオスが見せた灰色の世界が訪れるのは必至だ。

 脈打つ痛みに顔をしかめ、アスは繰り出された二撃目をどうにか防ぐ。

 力技で押し続けるカラゼクの顔が間近に迫った。

「世界は平穏そうな顔をして、その実、その顔の裏には幾万もの針が待ち構えている。お前はその針の痛みを知っているはずだ。そして何も知らない人々が、その痛みを嘲笑うようにこの世界は出来ている」

「だが、痛みを知って泣くことが出来る人もいる。私の力も、時間もそんな人の為にあるものだ。何も知らないと言って責めるそれは、ただの傲慢に過ぎない!」

「知ろうとしないことが愚かしいんだ!だから彼らは常に争う!」

「なら、あんたは一度でもオッドを理解しようとしたことがあるのか……!」

 声量を抑えた声にカラゼクの剣が一瞬、力を失う。

「オッドじゃなくてもいい。リミオスやアルフィニオス、イークでも、呪いを受けてから彼らの事を少しでも理解しようとしたか!」

 カラゼクの眉がひそめられ、弛んでいた剣の力が戻る。アスは右肩に走る痛みに堪えながら、必死にカラゼクへ向かって語りかけた。

「それすらしていないなら、あんたたちこそ罪悪だ。死ぬなんて簡単に言われては困る……!」

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