第二十八章 帰還
そうだ、とカラゼクはアスに向かって布を投げつける。鉄臭い匂いが鼻をついた。
「真実を見据えられぬ者に目は必要ないと、僕はアルフィニオスから目を奪われた。この傷は常に肉を刻み続け、不死の力と拮抗する」
カラゼクは自嘲気味に笑った。
「想像を絶する痛みだよ。最初の二年はまともに寝ることすら出来なかった」
二の句が次げないアスに向かって、リミオスが口を開く。
「人々が罪悪から目を背けるなら、目を背けた先にあるものも含めて、一度全ては消え去るべきだ。再生は完全なる破壊の後に訪れるものだからね」
「この世にある力ではそれが出来ない。だから『時の器』を完成させ、もう一度混沌を動かそうと考えた。……他にも方法はあったかもしれないが、僕たちの命も共に消してくれるものを選んだら、これしかない」
予言書をアスの足元に置いたまま、リミオスは立ち上がる。
「確かに私たちは世界を呪っている。だが、そんな私たちを生んだのもまた世界なのだと、気付いて欲しいね」
「だからって勝手に消していいはずがない!ここにはまだ生きたいと思う人が沢山いるのに……!」
「それこそ、平和の為の犠牲だろう?それに準備はもう整っている」
アスは言い募ろうとした口を閉ざす。確かに、玉座の間であってもこの静けさは異常すぎる。
扉へと視線を向けたアスにカラゼクが話した。
「エルダンテの民には全て、外出禁止令を出している。戦線から引き上げた兵士も、城に勤める者も全て家へ戻っているはずだ」
「どうして……」
アスの視線を追って扉へと目をやったリミオスが、自嘲でも何でもない、ただ純粋に穏やかな笑みを口許に浮かべた。
「最期ぐらい、家族と一緒に過ごさせてあげようという、国王代行の思いやりだよ」
オッドの記憶にあった笑顔と同じものを見て一瞬言葉を失ったアスに対し、リミオスはあの嘲るような笑みを口許に戻す。
「彼らが敬愛する無能な国王を奪ってしまったからね」
「じゃあ、国王も」
「早々にご退場を願った。私たちの舞台に彼は必要ない」
リミオスの言葉に息を飲む。
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