第二十八章 帰還



 予言書を手にしたリミオスが言葉を続けた。

「だが、どれだけ生きても世界は変容しない。そして同じように私たちも変わることなく生き続ける。……無駄な生だ」

「だから罪悪を知らしめるよりも、最も効果的な方法を選択しただけだ」

「……それが『時の器』?」

 床についた手が段々と冷たくなっていく。そして明らかになる事実が、心をも冷やしていった。

 リミオスの静かな声が反響する。

「アルフィニオスとユアロの二人には恨みしかないけどね、彼らは二つだけ良いものを残してくれた。一つはこの予言書だ」

 アスに表紙を向けて予言書を示す。

「知っての通り、私たち同様、これもアルフィニオスの呪いを受けている。子供の頃に見た姿と違って驚いたかい?」

 驚いたと素直に言うことも出来ずに予言書を注視する。それを肯定の印と受け取り、リミオスは言葉を続けた。

「私たちと同じだけの時を過ごしてきたのだから、これが本来の姿なんだよ。呪いによって封を施され、子供の頃に君が見たような美しい姿を保つことが出来たが、『時の神子』が現れると呪いに綻びが生まれる」

「予言書を読めるというのはそういうことだ。呪いによって隠されていた文が見えるだけのこと。それが出来るのは『時の神子』の力を持つ者のみに限られる。今までそうやって『神子』を見つけてきた」

「そしてどうにか予言書をエルダンテの国宝にまで仕立てあげ、自らもエルダンテの国政に関与出来る地位まで入り込めた。ただ、今回は少し間違ってしまったけどね。だから君を真に目覚めさせるのに色々と策を講じたよ」

「……じゃあティオルも」

 リミオスは目を伏せて小さく笑う。

「恨みたいなら心のままに恨めばいいものを。可哀想な人だ」

「お前……っ!」

 アスは思わずかっと頭に血が上り、飛び掛ろうとした。だが、カラゼクの法力により体の自由が利かず、飛び掛ろうとする勢いのままリミオスを睨む。

 自身を睨む目を面白そうに眺め、リミオスは予言書を置いた。

「そして二つ目は君だよ。病で死ぬはずだったものを、あの二人が君を守ったことで私たちは望みを確実なものにした」

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