第二十四章 片翼
天を仰いでいたフィルミエルはわずかに首を傾けて、アスを見下ろした。
「……どうかな。本当に気のせいかもしれないよ」
言いながら、だらりと垂れ下がっていた右手を、剣を握ったアスの手に伸ばす。思いのほかひんやりとした手はやはり少年らしく骨ばっていて、アスの手よりもほんの少し大きく見えた。
「アルフィニオスは私の中にある。だから、あんたは私が憎かったんだろう」
首を傾けたままフィルミエルは初めて人間のように苦笑してみせた。いくらかぎこちなく、それでも泣きそうな瞳はそのままに口角をあげた顔は心を掴む。
「わかったような口を効かれるのも癪だから言うけどね、僕はいつだってアルフィニオスが好きだった。それは今でも変わらないけど、お前を憎いのとは別物だ」
アスは首に添えていた切っ先を知らぬ間にゆっくりと下げていた。
「お前を羨ましく思ったのは仕方ないから認めるよ。……でも、本当のことは言わないよ。これは……」
言い終わるか否かの時、鈍い音と共にフィルミエルの細い体が仰け反り、紅い瞳が大きく見開かれた。
半開きになった口から鮮血が溢れ出て、支える力を失った体がアスに向かって倒れこむ。
「フィルミエル……!」
剣を取り落とし、かき抱くようにして地面に座り込んだ。背中に回した手が血にまみれた羽根と、そこから伸びる太い矢に触れる。驚愕に満ちた目で正面を見れば、武装した仲間たちと共に、弓を持ったイルガリムがそこに立っていた。
アスの視線を受けて彼はいくらか気まずそうに顔を背ける。その向こうではイークが睨むような目で様子を窺っていた。
「……馬鹿だな……」
ごぼ、という音と共に弱弱しい声がする。
「何も話すな」
鋭く制止をかけて、アスはフィルミエルの背中から生える矢に再び触れた。だが、深く突き刺さったそれに全てを悟る。
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