第二十四章 片翼



「……!」

 引き上げ始めていた粉塵から突如として小柄な人影が飛び出し、既に飛ぶ力すら使い果たしていたフィルミエルが防御に出ることは叶わなかった。

 よろめく程度に終わったその細い首元に剣を突きつけ、擦り傷だらけの左手で襟元を掴みあげたアスは、全身傷だらけになりながらも驚くほどの力でフィルミエルの動きを封じた。否、それが叶うほどに、フィルミエルには力が残されていなかったのである。

 間近に迫った青色の瞳からは力が失われておらず、攻撃を受けて更にその輝きが増したようだった。

 首筋に添えられた白刃を横目に見て、フィルミエルはいやに冷静になる自分がいることに気付いた。

「……死なせるつもりだったのに」

 ふと、剣から力が抜けていく。

「やることもやっていないのに、死ぬつもりはない」

「どうやった?」

「『欠片』の力を貸りた。自分の周りの空気だけ、あんたに圧縮される前の状態に戻してやり過ごした」

 フィルミエルはふ、と笑う。

「……悪知恵ばかり達者で困り者だね」

 力を使い果たしたからか、それとも身の内に巣食っていた怒りや恨みを全てあの一撃に乗せてしまったからか、フィルミエルの目からは狂気が失せていた。代わりに見えるのは、アスが感じた悲しさと寂寥感である。

「あんたに初めて会った時、懐かしく感じた。怖かったのに、あんたを通して麦畑の風景が見えた」

 フィルミエルは目を伏せて天を仰ぐ。

「気のせいだね。……今まで地上になんか降りたことはないよ」

「気のせいじゃない」

 言いながらアスは苦笑した。

「あんたの中にはアルフィニオスが見ようとしたものや、実際にあの人が見たものがある。……それはあんたも見たかったものだからだ」

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