第二十四章 片翼
ふわりとフィルミエルの髪が舞い上がる。風が吹く方向とは違うその動きは紛れもなく、彼の力がなし得るものだ。再び重くなる空気は先刻と同じ爆発を彷彿とさせるが、肌を走る電気のような痛みは先刻の比ではない。間違いなく、この一撃で終わらせるつもりだ。
──なら、この一瞬に限る。
アスは身を屈め、踵を浮かせた。剣を縦にして正面に構え、刻印に彩られた左手で刃を支える。
めき、とフィルミエルの足元の地面が悲鳴を上げ、背中で折りたたまれた翼から鮮血と無数の羽根が舞い上がる。彼の前で空気を圧縮し続ける巨大な球へ、周囲から風と共に土くれや石までもが次々と吸い込まれていった。
暴れまわる髪もそのままに、アスは球の流れを見据える。その向こうではフィルミエルの紅い瞳が怪しげな光を放ち続けていた。
「……さよなら」
瞬間、空気の球が生き物のように身を縮めたかと思うと、轟音と共に地面を抉りながらアスめがけて猛攻を開始した。
地面を食らう姿は獣のようで、その前にあってアスの姿は小さく頼りない。だが、大地を捕えた足はぶれることなく、アスもまたその場から逃げることはしなかった。
空気の摩擦で電気すら帯び始めた球があらゆるものを巻き込みながら、スピードを緩めることなくアスへと到達した瞬間、凄まじい爆発音が大地を揺らした。
巻き込んでいた土くれや木や石を衝撃波と共に四散させ、粉塵に乗って轟音の余韻が空に響き渡る。穏やかな風が粉塵をさらい、空からは砂利や土が雨のように降り注いだ。
全てが一瞬の出来事で、やがて訪れる、それまでの喧騒が嘘のような静けさを耳にしながら、フィルミエルは目の前に伸びる巨大な溝を眺めた。
ここまで大きな力を放ったのは初めてで、体の中が空っぽになったように感じる。その結果がこれなら上出来だ、と、笑いを堪えきれずに喉で笑い始めた──刹那。
- 600/862 -
[*前] | [次#]
[しおりを挟む]
[表紙へ]
0.お品書きへ
9.サイトトップへ