第二十四章 片翼
アスは怒りよりも気持ちが急速に冷めていくのを覚えた。代わりに速くなる動機が何から来るものなのか、重い心から感じ取る。
──悲しいんだ。
むきだしになった左腕は節操なく「時」を手繰り寄せる。今も風を介して様々な声が氾濫する中で、ひときわ大きく聞こえたのはフィルミエルの声だった。
おそらくはアルフィニオスが天から堕ちたと知った時のものだろう。沢山の疑問、やがてくる怒り、憎悪、それらが隠した悲しさ。
──どうして。
どうして、という悲しみを隠すかのように、憎しみが彼の心を覆いつくすのに時間はかからなかったようだ。
だから、今もフィルミエルは悲しい。
流すはずだった涙は今も彼の中に溜まり、出口を失っている。出口が欲しいのに自分でもわからず、そこへ来て人間が口にするアルフィニオスの名が憎らしい。
アルフィニオス、アルフィニオス、と煩いのはカリーニンでもアスでもない。
フィルミエルの心そのものだ。
──彼は今も、アルフィニオスを探している。
アスは一瞬、柄を握る両手に力を込め、剣を右手に持ち換えた。片手のみに持ち換えたアスの様子を見て、フィルミエルは力を高まらせる。
「死ぬ用意でも出来たっていうのか。いいよ、ならこっちも全力で行くさ」
ソンやガットと違い、フィルミエルが得意とするのは肉弾戦である。鋼のように硬質化させた体を使い、格闘だけではなく、貫くことや切り刻むことも容易に行えた。
だが、アス相手にそんな簡単なことでは済ませたくはなかった。
彼女には一片の救いも何も与えず、一瞬にして無に帰す方法がいい。『時の神子』であるかどうかなど、もう関係ない。
アスの中にアルフィニオスの記憶があるというのなら、その痕跡すら残さずにこの世から消し去ってしまいたかった。
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